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♪ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 -MyVintage(52)-

ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 / 佐野元春

Released:1989

 口笛を吹きながら 冬の街を歩いてく
 いつの間にか知らないうちに 涙がこぼれてゆく
 So Good Night いつか君の胸に抱かれて
 Good Night どこか行きつく所もなく
    (ナポレオンフィッシュと泳ぐ日)

風はまだまだ冷たいけれど、よく晴れた澄んだ空の午後に聴いていた「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」
寒い冬の日に背筋を伸ばして颯爽と歩いているようなクールでシャープなロックンロールだ。
シンプルで力強い演奏、そして、とても抽象的でイマジネーションを喚起させるような歌詞。

先週はとても疲れていた。ずいぶん無理もしていたのだろう。
土曜日は泥のように眠っていた。たった一日で十年くらい一度に歳をとったのではと思うくらいに体が重かった。
脳みそが完全に止まっていた。感情が完全に失われていた。


この曲が収められたアルバム『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』は、1989年発表の佐野元春の6作目。
プロデューサーにコリン・フェアリーを迎え、ブリンズリー・シュウォーツ(g)、ボブ・アンドリュース(key)、ピート・トーマス(ds)、キース・ファーガソン(b)といったメンバーとともにロンドンで録音されたアルバムだ。
ニューヨークに渡って製作された『VISITORS』、86年の『Cafe Bohemia』とエポックメイキングな作品を作り続けていた佐野は、この頃大きなスランプに陥っていたのだそうだ。
成功からくる自信、もっと別の新しいことを成し遂げたいという夢、一方で成功を妬む周囲の揚げ足取りやら成功について回る腰巾着の存在にずいぶんと苛立ちもあったのだろう。そして自信がいつかプレッシャーに変る中で目指している世界が何だったのか見失ってしまう、そんな状況だったのだろうか。
前作よりしばらくのインターバルを置いて88年から始まったザ・ハートランドとの録音はそんな風に煮詰まり、いったんお蔵入りにされ、佐野は単身ロンドンへ向かった。
ここには、ファーストアルバム~『SOMEDAY』で都市の少年少女の物語をロマンティックに、ポエティックに第三人称で歌っていた佐野元春の姿はひとつもない。
その代り、ドロドロとした感情やキリキリとした苛立ちが爆発寸前の様相であふれださんとしているような楽曲がいくつか収められている。

 仲のいいわかりあえる 友達のふりしてただけさ
 途方も無くくだらない街の聖者 気取っていただけさ
 おれは最低
 おれは最低
    (おれは最低)

 奴はただ俺の後をつけてきた男 そして俺を捕まえる
 昔から良く知っているとでもいうように
 「やぁ、ひさしぶり」と愛想がいいじゃないか
 奴は俺の音楽について話す 俺の言葉について話す
 俺の服装や俺の罪について話す
 でも俺は君からはみ出している
    (ブルーの見解)

エキセントリックなギターにのせてへヴィな心境を吐露する「おれは最低」や、ディランかルー・リードのようなスポークン・ワーズ風に辛辣に「取り巻き連中」を非難する「ブルーの見解」など、へヴィでエキセントリックで「心のある部分」をむき出しにしたような苛立ちが際立っている。
マリンバの複雑なリズムが怪しげな「ボリビア-野性的で冴えてる連中」やポップな「ジュジュ」にしても、どこか壊れかかったようなシュールさが感じられる。
何かがうまくいかない。どこかが軋んでいる。
そして、そんな自分を一度ぶち壊してしまいたい。
そうすることで新しい地平に立ちたい。
そんな願いと、そう思うようにはいかない現実との葛藤。
そして、そんなギリギリの葛藤の中から生まれてきた音と言葉だからこそ、このアルバムの楽曲には力がある。
シンプルな言葉とメロディーに、有無を言わさぬ説得力が生まれる。

後にドラマの主題歌になってヒットを記録した「約束の橋」、しっとりと美しい世界を描き出した「雪-あぁ世界は美しい」

  今までの君はまちがいじゃない 君のためなら橋を架けよう
  これからの君はまちがいじゃない 君のためなら河を渡ろう
     (約束の橋)

  心から君が愛しい 愛しい
  ごらん世界は美しい
     (雪 -あぁ世界は美しい-)

言葉だけをとらえれば、今どきのJポップの連中ですら使わないような手垢にまみれたような言葉だけれど、このシンプルな言葉がこんなにも泣けてきそうなくらいに響いてしまうのはなぜなんだろうか。
「約束の橋」、改めて聴くと本当にいい曲だな。
そう、今までの君はまちがいじゃない。これからの君はまちがいじゃない。
まちがいでなんてあるはずがない。

アルバムは、大らかなリズムを持った「新しい航海」「シティチャイルド」と続き、ソウルフルなラブソング、「ふたりの理由」で幕を閉じる。
壊れかかった世界を修復して、明るさと陽気さ、ポジティヴな意味での能天気さを回復していく、そんなプロセスが見えるこのアルバムの世界が好きだ。
成功と自信に満ちていたはずがいつの間にかすっぽりとエアポケットに入ってしまうように力を失ってしまったとき、このアルバムの世界が僕を救い出してくれる。

 どんな時もどんな夜も君と 少しずつ感じている 感じている
 ガレキの中に 荒れ地の中に 君が見えてくる
    (新しい航海)

 俺はくたばりはしない 俺はくたばりはしない
 晴れてる日も嵐の日も 君のものでいさせて欲しい
 イヤな奴らはそのままでいい La la la…
 陽気にいこうぜ 夜が明けるまで
    (陽気に行こうぜ)

冷たい冬の風はまだもうしばらく続くけれど、明るい陽射しは春がもう遠くないことを教えてくれる。
くたばりはしない、へこたれはしない、擦り切れはしない。
文句を言わずに、やってくるものは全部受け止めて、楽しんでやっていくんだって決めたんだから。





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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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