ブルース・スプリングスティーンのパブリック・イメージと言えば今はもう揺るぎないザ・ボス的なマッチョな感じになってしまっているけれど、1975年、26歳のブルース・スプリングスティーンは、無精髭を生やしたやせっぽちの野良犬みたいな男だった。 うらぶれたいかがわしいストリートの片隅で飢えた眼をして、チャンスのかけらをつかむために牙を研ぎ澄ましているような、シャープでソリッドで、心の内の熱く燃えたぎる何かをこらえきれずにうずうずして今にも走り出そうとしているような。 まだあの「Born in the U.S.A」でボスと呼ばれるようになる前の時期にこのアルバムで、やせぎすの野良犬みたいなスプリングスティーンに出会えたことは今思えば幸運なことだった。 僕がこのアルバムでブルース・スプリングスティーンのことを知ったのは高校生の頃。 友人の部屋のラジカセから“Thunder Road ”が聞こえてきたときの衝撃は今もはっきりと覚えている。ハープからスロウに始まってぐいぐいとスピードを上げて転がっていくドラムとピアノの疾走感、軋むギター、マシンガンのように言葉を詰め込んでたたみかけるスプリングスティーン、そしてサックスの咆吼。 ここには、ロックンロールのすべてがあると思った。 抱えた闇の深さと追い求める光のまぶしさ。 今いる場所からありったけの力をふりしぼって飛び出していこうとするエネルギー、スピードと疾走感。 それは、モヤモヤと宙ぶらりんの毎日の中でクサクサしてばかりのしょーもない高校生の頭をぶっ飛ばし、ケツを蹴り上げるにはじゅうぶんだった。 まさに凍てついたような街路で叫び声を上げる“Tenth Avenue Freeze-Out”のタイトでソウルフルなリズム、サックスのうなりにあわせて走り始める“Night”、うちのめされてそれでも負けはしないと吠えまくる“Backstreets ”。どの曲も尻上がりにテンションがあふれんばかりにはちきれてヒートアップしていく感じに圧倒されていく。 そして“Born to Run”。 たたみかけるようなボ・ディドリー・ビートの“She's The One ”、ピアノとストリングスをバックにやるせなくもしみじみと聞かせる“Meeting Across The River”、そしてアスファルトとコンクリートのジャングルから遠吠えをあげる超大作の“Jungleland”。 たった8曲なのに、それぞれが有機的に結びついて描き出されるひとつの情景。どこにも行き場のない男が、渾身の力で走り出そうとする情景。
Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。 “日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。 自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。
30周年記念盤、持ってないんですが、かなり細部までこだわったレコーディングだったみたいですね。一般的に思われているステージでのタフでマッチョなイメージだけでは語れない、スプリングスティーンの奥深さです。
ほんま隅から隅まで全部かっこいいロックンロール・レコードだと思います。