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♪1976 -My Vintage(71)-

“1976”
“1976” / 友部正人

Released:1976

 はじめぼくはひとりだった
 線路端にもたれ 大きな月を見ていた
 話しかけるのもぼくならば それに答えるのもぼくだった
 目の前を大きな貨物列車が走り過ぎて行った
    (はじめぼくはひとりだった

思い返せば子供の頃、「さみしい」と感じたことはなかった。
裕福で幸せだったからさみしさを感じなかった、というわけではない。男ばっかりの三人兄弟は毎日がバトルだったし、親にも毎日怒られていたし、学校は毎日スケジュール通りにすすんでいったし、仲のよい友だちもいたけれど仲のよくない、あまり好きじゃないクラスメートもそれなりにいて、まぁ子供なりには苦痛を感じることもたくさんだった。誰の子供時代だってある程度そうだろうけど。
「辛い」「しんどい」と思ったことはある。それから「怖い」「心もとない」と思ったこともある。でもそれは「さみしい」ではなかった。そう考えれば、ほんとうの意味で「さみしい」と思ったのはずいぶんと大きくなってからだったのではないかしら。
そういうことについて、考えたこともなかった。この歌を聴くまでは。
友部正人さんの詩がすごいのは、そういう誰もいちいち考えもしないことを、するっとひとことであからさまにしてしまうところ。その独特の言葉遣いと表現方法で。

そういう独特の言葉遣いをする人だから、世間の倫理観とは相容れないことも多く、実はこのアルバムも発表当初、差別的な用語が含まれている、ということから発売禁止の処分を受けたのだそうだ。
例えばヘマな奴。この曲の歌詞は、引用するのがためらわれるほど直接的ないわゆる差別用語連発で、とげとげしい。

 君は夢ばかり見ているけれど
 夢ほどみすぼらしいものはないと思うよ
 こんなにすっからかんのこの僕にも
 今日お金をくれるっていう奴がいた
 下には下があることは
 なんて心あたたまる話なんだ

友部正人は歌の中でこんなふうに言いたい放題傷つけ放題。でもむちゃくちゃ痛快。
そして、不思議と悪意は感じられない。思ったことを思った通りに言葉にしただけで、それで何か?というふうに飄々としている。
この人の言葉は音楽として不可分のもの、いくら不許可といわれても一度ぴったりはまったトーンや音色を変更すればそれはもはや違う作品になってしまう、ということが役人には解らないのだろう。
バックを務めたスカイドッグ・ブルースバンドの、軽快にローリングしていく演奏もかっこいい。
放浪の旅をしていた頃の思い出を歌ったフーテンのノリもいいな。
そして意味不明ながら友部版「Like a Rolling Stone」といった趣の圧巻のパワーを持ったびっこのポーの最後

決して上手いとはいえないひょろひょろとした歌い方は不安定で頼りなさ気だけれど、聴いているうちに、この歌い方でなければいけないという気さえしてくる。
緩いのに軋んでいる。ひょろひょろなのにトゲトゲしい。ザラザラでヒリヒリする。叫んでいないのに叫び声が聞こえる。
柔らかで瑞々しい感性を揶揄や皮肉で覆い隠しながら、どこか投げやりでやけっぱちで、でもそのアキラメ感に不思議と絶望感は感じられない。
そうやって放たれるねじくれた言葉は、とても危険なエネルギーを持っている。
どれくらい危険かというと、友部正人の歌に触発されて会社を辞めてしまった馬鹿がいるくらいだ。

 どうして旅に出なかったんだ、坊や
 あんなに行きたがっていたじゃないか
 どうして旅に出なかったんだ、坊や
 行っても行かなくてもおんなじだと思ったのかい
    ( どうして旅に出なかったんだ

23か24の頃のことだ。ただなんとなく就職した会社で、「あほくさー。やってられん。さっさと辞めてやる。」なんて思いながらずるずるいつの間にか「まぁ世の中こんなもんかしら・・・辞めたところで何かできることもやりたいこともあるわけじゃなし・・・」と思い始めていた僕は、この歌にお尻をけっ飛ばされて無職になって、アメリカ横断の旅に出たのだった。
この曲を聴いたとき、正直とっても悔しくなったのですよ。「おまえときたら昼の日中から街の銭湯で、何度も何度も自分の身体ばっかり洗っていたよ」なんて言われたくなかったんだよ、未来の自分から。
「人生を変えた一曲」なんてことをいうつもりはないけれど、もしこの歌がなければ、今僕はどうしているんだろうか、とふと思うことはある。少なくともNHKの「ミュージック・ポートレイト」みたいに"人生の10曲"を選べと依頼されたら間違いなく選ぶだろうね、5曲目くらいで(笑)。
今もこの曲は、心に突き刺さりえぐりとるような力を持って僕に判断を迫ってくる。
不敵な笑みを浮かべてまるで「裸の王様」の主人公の少年のように「本当のこと」をちゃんと見ろよと迫ってくる。そんな生き方で本当にお前は満足しているのか、と。
僕はあぁ、そうだったと頷きながら、それにしてもどうして梅雨の季節には独りでいることがこんなにもさみしく、それなのに強烈に独りでいたいと思ってしまうのはなぜなんだろうかと漠然と考えてしまう。
生きているということはそういうものなんだと思うよ、と隣で友部正人が呟くように歌っている。






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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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