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♪RHAPSODY -My Vintage(100)-

RHAPSODY
RHAPSODY / RCサクセション

Released:1980

1980年4月5日、東京。
久保講堂で、新生RCサクセションのデビュー作となるこのアルバム収録のためのライブが行われていた頃、僕は大阪のはずれの田舎町で、中学2年生になる春休みの終わりを呑気に迎えていた。
RCサクセションや忌野清志郎のことなど知る由もなかった。
改めて振り返ってみても、僕は不良少年ではなかった。お絵描きが好きでスポーツが苦手な冴えない子どもだった。勉強だって嫌いではなかった。先生の言うことは全て正しいのだと思っていた。
そんな僕も少しずつ自我というものが芽生え始めてくる年頃。
例えば音楽。中学生にもなってアイドルや歌謡曲じゃないだろう、って感じで音楽に興味を持つようになる。
当時はいわゆるニューミュージックと呼ばれた音楽の全盛時代で、ツイストやサザン、甲斐バンドなんかはすでテレビやなんかで見かけるようになっていたけれど、基本文化系の僕はアリスやさだまさしや中島みゆきの方が好きだった。
ロック系の人たちはいやらしくて下品でアホっぽいと思っていたのだ。
今では信じられないことだけど、1980年当時、世の中の大半の認識はロック=ツッパリ、だったのだ。そのイメージはおそらく、ダウンタウン・ブギウギ・バンド~矢沢永吉~横浜銀蝿、というものだと思うのだけど、公務員の真面目な家庭に育った少年にとっては忌み嫌うべきまったく違う世界の人たちだった。
RCサクセションという名前をいつ知ったのかは、はっきりとは覚えていないけれど、テスト勉強中にながら聴きしていたラジオから流れてきた「トランジスタ・ラジオ」は、あぁ、いい曲だな、と思った覚えはある。「PLEASE」のリリースが80年11月だそうだからその前後だったのだろうか。
ただ、その時点での僕のRCの認識は、当時ブレイクしだしたプラスチックスとかヒカシューとかそういう人たちともひっくるめて“わけのわからないへんなひとたち”というものでしかなかった。派手派手のスーツにツンツンの頭とケバいメイク、あれをかっこいい!と思えるセンスはなかった。今だから言えるけど、その当時のほとんどの人にもなかったはずだ。1966年にビートルズ・ファンがほんの一握りだったみたいに、最初からRCにガツンといかれた奴なんてほんの一部だった。
それが高校生になる頃にはすっかりRC贔屓になっていたのだから、その一年少しの間に、僕の中に何が起きていたのだろう?

81年6月に既発シングルを集めた『EPLP』、11月には2枚目のスタジオアルバム『BLUE』が発売された。
それをいつ聴いたのかもはっきりとは覚えていないのだけれど、今も鮮明に覚えているのは“夜のヒットスタジオ”で「ロックンロール・ショウ」を演ったときのこと。クラスでも「今晩RC出るで!」と話題にもなっていてTVの前で待ち構えて見たのだった。
めちゃくちゃかっこよかった。ショーゲキテキなくらい。
調べて見たところ、オンエアは1982年2月だったから、その一年の間に僕自身の中でいろんなことがあったのだろう。
想いを寄せていた女の子にふられた。ロバみたいな顔の3年の担任がめちゃくちゃ嫌な奴でこの子は頑固だの素直じゃないだのまともな大人になれないだのボロカスの扱いを受けた。親もいろいろめんどくさかった。大人のズルいところや汚いところが見えてきてしまった。授業中も授業外でも生活は高校受験を中心に回り始め、ここで人生の行き先を振り分けられてしまうような不安がつきまとった。何の才能もなく何の夢もなくだからといって何の努力もしない自分へのコンプレックスが募った。
今ならば全部笑い飛ばしてしまえるようなことだ。
だけど15才なりに抱えこんだ数えきれないブルースは自分なりにはとてもへヴィーだった。
そこに清志郎やチャボがいた。おまえのことはわかるぜ。あんな奴らほっとけよ、それよりもいかれた音で盛り上がろうぜ。思い通り、好き放題やりゃあいいんだ、と僕を励ましてくれた。
やかましいドラムや切り裂くようなギターの音をとても気持ちいいと感じるようになっていった。
そこからはもう、ロック一直線になっていったのだ。

まぁー、そんな感じ。
個人的なことだけをダラダラと書いてしまいました。
あの頃、カセットテープに録音して何度も何度も繰り返し聴いていたガッツンガッツンとぶつかってきて僕の中で渦を巻いて燃え盛っていくようなショーゲキは今も忘れない。
あの感じをずっと忘れたくなくて僕は未だにロックを聴くのかもしれない。

中でも一番ショーゲキテキだったレコードは、やっぱりコレだ。
このアルバムの中に今もくっきりと閉じ込められているぶっとい魂、今までコケにしやがった奴らに何とか一発食らわしてやるぜ、もう迷わずコイツでやっていくんだというような、起死回生、一発逆転への一念発起のエネルギー。
このエネルギーの塊に僕はショーゲキを受けたのだ。
♪チクショー、陰口叩いてる奴ら、ブッ飛ばす!だからエネルギー~
って感じで、全部のマイナスな思いを一気にプラスに転換して、そのままぶっ飛んで行ってしまうようなエネルギーの塊。
全部のマイナスを、一気にプラスに転換する。これはそれまで聴いていた音楽や読んできた本や出会って来た大人たちからは感じられなかったメッセージだったのだ。

よォーこそ
エネルギー Oh エネルギー
ラプソディー
ボスしけてるぜ
エンジェル
ブン・ブン・ブン
雨あがりの夜空に
上を向いて歩こう
キモちE

サンキュー!サンキューエブリボデー!
今日はビンビンに盛り上がってくれてどうもありがとう。
愛してまーす!
MCのひとつひとつまで克明に思い出せる。
OK、チャボ!の合図でギターに大きく腕を振り下ろすチャボの姿が見える。

それにしても。
今思い返せば、清志郎とチャボのRCサクセションって、実質10年少ししか活動していなかったんだな。
1980年から1990年。
13才から23才までの一番多感で精神の骨格や肉体が形作られる時期に、こんな素晴らしいバンドマンたちがいっしょにいてくれたことは、何てグレートなことだったんだろう。
あんたたちに出会ってさえいなければ、僕はもっとまともな人生を送っていたはずだったのだ。
もっとまともな人生。
何も感じず何も考えず、気ばかり遣っては人の言いなりになるばっかりの、そんなとってもまともな人生を、ね(笑)。



P.S
ちなみに・・・最近もっぱら聴く機会が多いのは、2005年に出た完全収録盤の「RHAPSODY Naked」の方。

RHAPSODY NAKED (DVD付)
RHAPSODY NAKED / RCサクセション


ダビングなしのラフで生々しい音はちょっと雑ではあるけれど、何しろ元々のアルバムはたったの9曲で終わっちゃうから物足りなくって。
生煮えのアレンジの曲もいくつかあってそれは飛ばすんだけど(笑)、特に後半の「スローバラード」と「指輪をはめたい」が素敵。
最後のアンコールに応えて出てきて、「指輪をはめたい」のイントロをバックにメンバー紹介する前に清志郎がぽつんとつぶやくみたいに「俺、自信が湧いてきたよ。」って言うんだけど、今となってはそこがせつない。
ずっと否定されてねじ曲がっていた清志郎が表通りに出て明るい光を浴びた実感っていうかな、このあともずっと忌野清志郎を演じていく彼がほんの一瞬、栗原清志に戻っている瞬間っていうかな、ほろっとする。
そしてもうひとつはチャボのMC。
「国立が生んだ偉大なソウルシンガーだぜ!忌野清志郎!」。
この一言には、これからずっとコイツを支えていくんだ、みたいな決意が垣間見える。これも今となっては泣ける。
もちろん演奏そのものも、オーティス・スタイルのぐいぐい盛り上がっていくソウルフルさが最高です。



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コメント

[C2409]

ezeeさん、先日はお疲れ様でしたー。
飛び入りのベース、感激でした。あれはかなり楽しかったです(笑)。

RC、やっぱりコレですね。
エアギターのやんちゃ坊主の絵が浮かびます。

このMy Vintageシリーズ、ちょうど100枚ですが、実はもうちょっとだけ続きます。
しょーもないけど憎めんアルバム(笑)、考えときます。


[C2408]

deaconblueさん、こんばんは。
その当時のRCを観た、っていうのはうらやましいですー。
今となっては貴重な財産ですねー。
僕が初めて観たのはOKのあと、King of Liveになったツアーあたりでした。

[C2407]

まいどです。先日はおつかれさんどす!
私もRCといえばこれです。やっぱ。
これかけて、友達とエアギターでずっと盛り上がってましたヨ

次は、しょーもないけど憎めんアルバム100選でお願いします〜!
  • 2014-11-24 22:40
  • ezee
  • URL
  • 編集

[C2406] RCを初めてみたライブ

☆ それはある放送局の有料イベントで彼等がぼくが当時住んでいた街に来た時のことでした。まだ大きくない会場で地方ではあまり知られていなかったせいもあって満員でもなかった。セットはこのアルバムと同じもの。開園前の音楽はストーンズの『エモーショナル・レスキュー』のアルバムが流れていた。

☆ いまでもあのライブが見られて良かったと思う。最後に後ろの方にいたやんちゃ小僧が因幡の白兎みたいに椅子の背を飛んでステージに上がってキヨシローのマイクを取ったのは良かったか何を言っていいのか分からず「逮捕(爆)」された後でキヨシローが「どこの会場にもああいうのがいるんだよな」といって満座を笑わせたのも今となっては懐かしい思い出です。もう30数年経ったのですねえ。
  • 2014-11-24 17:45
  • deacon_blue
  • URL
  • 編集

[C2405]

名盤さん、こんばんは。
見てました、ヤンプラ!でも、トランジスタ・ラジオの時は記憶にないんですよ。
むしろ夜ヒットでしたね、衝撃は。ロックンロール・ショウと、そのあとのSummer Tourと。

あの頃にバリバリと駆け上がっていくRCを体験できたことは、僕らの世代の宝物みたいなものだったなぁ、と今となっては感慨深いです。



[C2404]

僕の初RCも「トランジスタラジオ」。
土曜日の夕方にやっていたテレビ番組“ヤングプラザ”のライヴコーナーで観てグッときたのを覚えています。
中二ぐらいの時だったと思います。
武道館の前のちょうど彼らの人気が出だしたころ。
あれがロックへの目覚めだったかもしれません。

[C2403]

LA MOSCAさん、ありがとうございます。
誉め言葉には素直に図に乗るタイプです(笑)。
いやー、でもこれくらい熱く語れるのは、経験してきたリアルな思い入れがあるからこそ、です。
こういう感じでRCとの出会いがあって、その後ピストルズ→ストーンズと進んでいったわけで、 ほんとああいう年頃にRCが同時代にいてくれたことにはほんとジジイになっても自慢したい僕らの世代の勲章みたいなもの、感謝感謝です。

[C2402]

deaconblueさん、こんばんは。お忙しそうですね。
山ほどの思いをお伺いできる機会をお待ちしておりまーす!

[C2401] とても

読み応えありました。
goldenblue少年と一緒にドキドキしてるような感覚になるぐらいに。
ちょっと悔しいです。
俺もこのぐらい書けたらなぁ(苦笑)
貴方同様、俺もRCの時代に15歳~25歳(2つ違うんだね)で居られたことに感謝してます。
ビートルズもストーンズも海の向こうの手の届かない存在だった10代だったけど、こんな素晴らしいものを間近で体感出来たんだもん。

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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