ウォーターボーイズの1985年のアルバム“This is the Sea”の中の、The Whole Of The Moon。 大好きな1曲です。 歌の意図するところはつかみどころがなくて、はっきりとした意味はよくわからないけれど、例えば、ミヒャエル・エンデの“ネバー・エンディング・ストーリー”みたいに、幻想的というか寓話的というか、おとぎ話の向こうに実は魔法のメッセージが隠されているんじゃないかと思っちゃうような感じがいいな。
ウォーターボーイズは、スコットランドのグラスゴー出身のマイク・スコットが中心となって結成されたバンドで1983年にデビュー、この“This is the Sea”が三作目。二作目の“A Pagan Place”も大好きなのですが、トータルの完成度で言えばこちらの方がレベルが高いかな。 なんというか、音の一音一音がとても透き通っていて深みがあって、幻想的というか詩的というか。 心の中に静かな海が描かれる。 それも真冬の、暗澹として奇妙に静寂で、どこか深い闇を抱えつつ恐ろしくも美しいような夜の海が。
アルバムは、Don't Bang The Drum で幕を開ける。心細くもせつせつと訴えかけるようなトランペットが響くイントロから、力強いドラムが入って一転、群れからはぐれた狼のようにやさぐれ感と野性味を湛えたマイク・スコットの歌と、冷たい北風のようなサックスがかっこいい。 夢の中のように美しく詩的なSpiritをはさんで、The Pan Within も北の冷たい風がキシキシと吹きつけるような美しい曲。おそらくはシンセなのだろうけど、弦楽団のようなドラマティックなサウンドの中で覚醒したスコットの叫びは、まるで吹雪いた雪山を強靭な意志で乗り越えようとしているみたいに響く。 Medicine Bow、静かながら力強いピアノにのせて古びた故国を歌うOld England、「もしおまえが僕に敵対するのならば、僕もおまえを敵と見なすだろう」と激しく歌い、サキソフォンが唸りをあげる Be My Enemy 、そして「君の愛はまるでトランペットの響き」と甘い歌詞を持ったTrumpetsは、その愛に満ちた歌詞とは裏腹にずしっとヘヴィな手応えとザラザラ感が残る。
マイク・スコットの荒々しくも繊細で、時に少年のような無邪気さと哲学者のような気難しさを持った歌に、人を惹きつけて黙らせてしまう力があるのは間違いない。彼の声には嘘や虚飾がない。彼の冷たく尖った、しかし深い力強さを湛えた声は、声質こそ違うもののパティ・スミスを思い起こさせる。 そして幻想的なサウンドを作り出しているのが、マルチ・ミュージシャンのカール・ウォーリンジャーとサックス奏者のアンソニー・シスルウェイトで、このふたりの仕事ぶりが実に素晴らしい。 北風のように、嵐の海のように、虹のように、月光のように、マイク・スコットの世界観を見事に美しく構築して見せている。 残念ながらカールとアンソニーはこの作品を最後にウォーターボーイズを脱退、マイクはしばらくの沈黙の後アイルランドへ渡って、88年にアイリッシュ・フォークっぽい4作目“Fisherman's Blues”をリリースするのだけれど、これはもっとマイクのソロ・プロジェクトっぽい色合いが強くなってしまっただけに、この“This is the Sea”の奇跡的な美しさと完成度の高さに惹かれてしまうのだ。
アルバムは、アコースティック・ギターを激しくかきならしつつも静まりかえった静謐さを感じさせるThis Is The Seaで幕を閉じる。
Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。 “日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。 自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。
マイク・スコットの佇まい、醸し出す雰囲気には憧れますね。
キャラじゃないので真似はしないですが(笑)、素直にかっこいいなーと思います。
この次のアルバム「Fisherman's Blues」もこれとは雰囲気が違いますが、アイリッシュぽく、ブルースっぽくておすすめですよー。