いきなりすっとぼけたマーチのリズムで始まる「America The Beautiful 」からほんわかとあったかいムードに包まれ、しっとりとピアノから入って歌い上げる「Tennessee Waltz 」ではもうぐいぐいとアダムスさんの世界に引き込まれてしまう。 アメリカ人にとっての山田耕作みたいな存在だろうと思われるフォスターの名曲「The Old Folks at Home 」では、センチメンタルなテーマをひとしきり吹いたあと一転、テンポアップとともに、ファンキーかつアバンギャルドなフレーズでぐいぐいと盛り上げて、最後はきっちりと感傷的に絶妙の落としどころに落ちる演奏がベタベタだと思いつつも心地よい。 「You're My Sunshine」や「Georgia On my Mind」 といった選曲もアメリカ人の琴線に触れるものなのだろうけど、くどいくらいのベタベタさも、アダムスさんの朗らかな音色にかかるとあざとさを感じさせないのですよね。 自作の 「Motivation」では歌も歌っているのだが、これがまた実に味がある。ひとことで言えばヘタウマってことになるのだろうけれど、しゃがれ気味の声で、これもサックスの音色に負けず劣らずソウルフルでブルージー。 その渋いノドは、スタンダードの「Gee Baby,Ain't I Good to You」、自作の「Have You Thanked America」 でも披露されているけれど、流れとしてはまるで違和感がなく、改めてサックスの音っていうのは肉声に近いのだな、なんて思ったり。
そもそもアダムスさんは、70年代後半からドン・プーレンとの双頭バンドでフリー・ジャズに近いことを演っていた人で、ちょっとエグめのフリーク・トーンを得意とする人ではあるけれど、アルバート・アイラーやローランド・カークやファラオ・サンダースがそうであるように、アダムスさんの音色にも、ルーツとしての黒人のアイデンティティがしっかりと刻み込まれている。つまりはソウルフルでブルージーでゴスペル的なスピリチュアルな要素。下世話なくらいの庶民的な敷居の低さ。ポップな親しみやすさ。これらは革新的であったり実験的であったりすることと相反しそうで実はそうでもなく、アダムスさんというひとりのサックス奏者の中で違和感なく同居しているのだ。 頭でっかちなジャズ・マニアの人からは、どうもこのレコードのわかりやすさが「日和ってウケ狙いや商売に走った」と軽んじられているようで、でもどうなんだろう、確かにそういう一面もなきにしもあらずでしょうが、それ以上にアダムスさんが元々持っていたアフロ系アメリカ人としてのルーツを深めた一作とは言えないでしょうか。 ジャズ云々ではなくもっと広い意味での汎黒人音楽的な、良くも悪くもコッテコテでバタ臭い演奏。 むしろジャズ・ファンよりもソウル好きやブルース好きのほうがこの世界は受けれやすいのかも知れません。 ただ、「You're My Sunshine」や「Georgia On my Mind」 にしても、アダムスさんはただ美しく懐かしいメロディーを野太い音色でバタ臭く吹き鳴らしているだけではない。 テーマをひとしきり吹いた後のアドリブでは、元々の歌の世界観は損なうことなく、美しメロディの中にぐいぐいと自分の節回しをねじ込んでくるのだ。そして一瞬幽体離脱したみたいにふわりを世界が持ち上がるような感覚でもってアダムスさんの世界に引き込まれてしまったあと、ふんわりと元のスタンダード・ナンバーの世界に軟着陸する。そのジャズ的技量というのはもう見事としかいいようがない。これこそがジャズ的快感、ジャズ的感動ではないのかしら。 それは、元々ある歌の世界と自分の思いや背景を対峙させることによって生まれてくるもの。 そしてそのために大切なことは「自分の訛り」で演奏すること。 それこそが元々ジャズが持ってた本来的な要素だったのではなかったのかしら?なんてことを思ったり。
野球場での定番ソング「Take me to the Ballgame」とラストのアメリカ国歌「Star Spangeled Bunner」は伴奏なしのソロ演奏だが、ここでもアダムスさんはアドリブを織り交ぜながら、瞬間的に歪んだフェイク音をするっとすべりこませていて、そこには他の誰でもないアダムスさんだからこそのうたごころが忍んでいるように思います。
Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。 “日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。 自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。
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