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♪CHICAGO BOUND -My Vintage(20)-

シカゴ・バウンド
Chicago Bound / Jimmy Rogers

Released:1970 (Recorded:1950~56)

蒸し蒸しと湿気がこもる嫌な季節。
じとっとまとわりつく不快感と疲れを癒すべく、今夜もビールに手が伸びる。
やがてビールを飲むうちにゴキゲンになってきて、さてこんなときに似合うものは。とひっぱり出してきたのがコレ。ジミー・ロジャースの“シカゴ・バウンド”。

ブルースの世界にはとても惹かれるのだけれど、実はリスナーとしてはそんなにブルースをたくさん聴き込んでいるほうではないと思う。大御所のベスト盤でどっぷり満足しちゃう感じで。
そもそもブルースは、ライヴ小屋で歌われるその場を共有してなんぼのもの。レコードだって当時シングル中心だったわけだから、あんまりアルバムを追う意味はないように思ってしまうのですよね。
この盤も元々はシングルで発表されたものを中心に編集されたもの。長年マディのバンドで裏方をやっていたジミー・ロジャースが、合間合間でちょこちょこと録りためた音源集という趣。
でも、このアルバムは、数あるブルース・レコードの中でも一番好きだな。

多分、ブルースマンでジミー・ロジャースが好きというのは王道ではないと思う(笑)。
だって地味。全然ぶっ飛んでない、破天荒じゃない、もちろんかしこまってはいないけれど、妙にバランスがいい。どんなスタイルのブルースもツボを抑えたプレイでそこそこにソツなく弾き歌っている。いずれもクオリティの高い演奏だ。けれど、どこかガツンと来るものがなくアクがない。
めちゃくちゃにぶっ飛んで常識から逸脱しているからこそ、そのブルースはとんでもない深みを持つのであって、バランスのとれたブルースマンなんて少しも魅力的じゃない、はずだ。
でも、バランスのとれた人間だからこそ抱え込まざるをえないブルース、というのもあるように思うのですよね。

アルバムはジミー・リードばりのゆるめのブルース、 “You're The One”で始まる。
55年の録音。ドラム:フレッド・ビロウ、ベース:ウィリー・ディクソン、ピアノ:オーティス・スパン、そしてハーモニカにビッグ・ウォルター・ホーントン、というシカゴ・ブルースの大御所ぞろい。同時期のマディ・ウォータースの録音のバンドメンバーとほぼ同じなんだけど、マディの録音に比べると実にゆるい。
なんとなくだけど、御大マディのレコーディングが一段落してはマディが帰ったあと「ちょっと俺の曲も演ってみてくれよ。」みたいな感じでのほほんと始めたセッション、みたいな雰囲気がするんだな。
このアルバムには全編にわたって、そんなゆるい空気が流れていて、そこがとても好きな理由のひとつ。
2曲目“Money, Marbles and Chalk ”や3曲目“Luedella” はややダルなブルースだが、やはりマディのようにじとっと脂汗をかくような重みはなく、どこかさらっとした印象。
4曲目“ Act Like You Love Me ”や5曲目“ Back Door Friend ”などは、元々アウトテイクだったのだろう、オープニングに入っているやり直しやカウントの声が、かえってセッションっぽくて生々しい。マディが決して採用しないようなテナー・サックスがモダンでいい味を出している。
かと思えばレコードでB1にあたる“Sloppy Drunk ”などは、スインギーささえ感じるダンス・ナンバーで、ブルースは元々酒場で踊ることもできる音楽だったことを思い起こさせてくれる。

ジミー・ロジャースの音は、ある意味職人の音なのだと思う。
求められることを一定以上の水準でこなしてしまう職人肌。
でもスタジオミュージシャン的な請負型の技術屋とも違う。
マディ・ウォータースやハウリンウルフなら「そんなもん関係あるかっ!俺は俺のやりたいようにやる!」って音を出すのだけれど、ジミー・ロジャースの音はそうではなくて、自分の表現スタイルと、周りが求める音のちょうど中間にある感じがする。
自分なりのやりたいスタイルはある、それは譲らない。けどその「我」を通したところでもっと強烈な「我」を持っている人のやることにはとても適わない。それよりも、ボスや周りのメンバーのやりたいことの相違点と一致点の中で常に最善のものを生み出そうとするところに職人としての自分自身の存在感が生まれることをジミー・ロジャースはよく知っているのだ。
そして、自分自身も決してマディやウルフのタイプではないからこそ、そんなジミー・ロジャースのスタイルに共感するのだろうな、きっと。


それにしてもこのレコードはやっぱりいいな。
後半の怒涛の名曲3連発なんて、もうめちゃくちゃかっこいい。
That's All Right”、“Chicago Bound”、そして“Walking By Myself”。

何というんだろうか、シカゴ・ブルースの屋台骨を支える矜持、とでもいうのかな。
「天下のマディだって実は俺が支えているんだぜ。」みたいな、二番手の男だからこそのプライドがその底辺にはしたたかに流れているように思うのです。




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コメント

[C1891]

波野井さん、毎度です。
イケイケじゃないブルース、なごみますよー。
今日も蒸し暑そう。ブルースでぶっとばしましょう!

[C1890]

Okadaさん、毎度おおきに。
そう、マディもウルフも正面から向き合わないといけない感じがあって、向き合っていると社会生活を破綻させそうで(笑)。
ジミー・ロジャースくらいのゆるさが今はちょうどなのです。

[C1889]

おはようございます。
仕事で東京にむかっています。
ああ、ジミーが聞きたいって気分がむくむくと(^^;)
いいですよねえ。
イケイケじゃないブルースも
味わいがあって好きです。
最近ブルース聴いてないなあ(@_@)
  • 2013-06-30 07:50
  • 波野井露楠
  • URL
  • 編集

[C1888]

渋いですね、ジミー・ロジャース。
確かにハウリン・ウルフやマディのようなカリスマ性、強烈なインパクトはないですが、やっぱりカッコいいです。
ウルフなんか聴くのにもかなりエネルギーがいりますが、ジミーは力が程よく抜けたヴォーカルが聴きやすくて、ハマるとリピート性が高いですね。
久し振りにこのアルバム聴きながら、一杯やってます。

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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