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◇重松清 『世紀末の隣人』と、山椒魚男の逮捕

世紀末の隣人 (講談社文庫)

世紀末の隣人 / 重松 清


枚方と京都で、階下に住む少年や通りすがりのパート女性を刃物で切りつけて殺人未遂で指名手配されていた容疑者が、埼玉で捕まった。正直少し安堵した。というのも、この犯人が出没していた枚方-宇治-京都の淀川上流の河川敷は、僕の生活圏であり、万が一とは思いつつも、深夜に帰宅する時など、ひょっとして近所をうろついているかもしれない、という緊張が少しはあったからだ。
犯人は、僕と同年代の、どこにでもいてそうな男。脂ぎって首と顎が一体化したその風貌は、カエルや山椒魚みたいだった。

重松清の『世紀末の隣人』は、1999年~2000年にかけて起きた事件やトピックスを題材に、犯人の住んだ街や事件の起きた土地を取材しながら、事件の報道されなかった本質を描き出す、というもの。
一見ほのぼのとしてのどかな家族の暮らしの中にヒリヒリしたものを感じさせる短編が得意な重松氏としては少し亜流に当る作品だが、元々重松氏は小説家として売れるまでは、週刊誌なんかで取材記者が集めてきた原稿を素材にして読者に響く「読み物」に仕立て上げる仕事で生計を立てていたそうで、おそらく本人としてはそう違和感はないのだろう。そして、読後のなんともいえないヒリヒリ感は同じだ。

この本に登場する、池袋の通り魔殺人や音羽のお受験殺人、柏崎の少女監禁事件や、学校で子どもを殺害した“てるくはのる”(これも近所での事件だ)、17歳のバスジャック・・・いずれもワイドショーを独占し、週刊誌はおろか、新聞ですらその事件の異常さや犯人の残虐さを書きたてた事件だ。どの事件でも、主婦たちは噂話の翼を限りなく広げ、年寄りは「こんな日本に誰がした」と嘆き、自称有識者たちは犯罪者の心の闇を語り、子どもたちは少しでも異質なところがあるクラスメイトを事件と関連付けて排斥の的に仕立て上げたのだろう。いずれにしてもそれらの犯罪者は、社会の一線からはみ出した「異質者」として取り扱われるしかなかった。つまりは、こちら側の被害者とあちら側の加害者。
重松氏は、丹念な事実と、作家独特の想像力で、その犯人を「こちら側」に引きとめようとしている。あちら側へ渡ってしまった彼等彼女等は、元々あちら側の住人だったのではなく、こちら側で僕らと一緒に生活していた同じ隣人なのだ、と。そして、彼等彼女等が「あちら側」へ渡らざるを得なくなった理由を紐解きながら、誰だって何かの歯車が違えば「あちら側」へ行ってしまう可能性があることを示唆している。

きっとそうなのだろう。
彼等彼女等と僕らの差は、最初は、本当にあまりにも小さい、ほんの些細なことでしかなかったのだろう。
小さなことがきっかけで傷ついた弱者は、自らを守るために、壁や作ったり膜を張ったりして自分を防御する。その殻の中に閉じこもってしまうことでしか自分を守る術がない。
けれど、それはとても危険な行為だ。殻の中から見える風景は、社会と自分の位置関係を狂わせてしまうからだ。そして、閉鎖系の中では、いずれ自家中毒が発生する。
だから閉じこもってはいけない。いくら外が寒くても。そもそも世界は寒いものなのだということを前提にすれば、その寒さの中で生き残るために必要なことは、寒さに耐えうる体力をつけることと、ほんの少し寒さを和らげることができるものを見つけること。
彼等彼女等と今こちら側で踏みとどまっている僕らの差は、そのほんの少しの差だけなのだと思う。
或いは、まだ体力が消耗していないだけなのかも知れないが。

蛇足ながら、音楽を聴いたり本を読んだりすることはきっと、寒さをしのぐ上で懐炉のような効果がある、と思う。ロックやブルースの洗礼を受けた奴に悪党はいても、悪人はいない。
山椒魚男は、ロックに心打ちのめされることはなかったのだろう。もはや、その心そのものを見失ってしまっていたのか。



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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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