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♪夜明けのうた

このことを書こうか書くまいか、或いは書くとしてもどう書くべきかと迷っていたのですが、松の内も済んだことだし、自分自身の今の気持ちを整理しておく上でもやはり書いておくことにします。
実は昨年暮れ、12月31日の夜に父親が他界しました。
元々あっちこっち悪くて、本人も「もってあと2、3年やわ。」なんて冗談で言ってはいたのですが、29日に高熱が出て急遽入院することに。31日、年内最後の仕事を終えた直後に先に帰省していた弟から連絡が入り、「容体が急変したから病院へ来てほしい。」と。まぁ今までもこういうことはあったからまさかのことはないだろう、なんて思いながら出掛ける支度をしている最中に再び弟から「間に合わなかった。」と連絡がありました。
3日に通夜、4日に葬儀を済ませました。
正月には帰る予定だったのに、結局、秋口に電話で話したのが最後になってしまいました。
大きな人だと思っていたのに、焼けたお骨はとても小さかったな。

正直言って、決して仲の良い親子ではありませんでした。
子供の頃の記憶は怒られたことばかり。
思春期には、口うるさく強圧的な態度をとる父とは何度も喧嘩しました。
でも、その当時の父の年齢をとっくに上回ってしまった今となっては、父親としての責任を果たそうとしていた父の思いもよくわかるし、まだまだ父も若かったんだなとも思えるのです。
18で家を出てからは、便りがないのは元気な証拠とばかりにろくに連絡もせず、たまに帰っても愛想なし。
いつだったか「自分で勝手に育ったと思っているんやろうけど。」父が皮肉混じりに言っていたことがあって、その時は何とも思わなかったけど今ならその思いもよくわかる気がします。
そして父も、息子たちが今はそのことを理解しているということはわかっていたはずなのです。言葉にして交わすことはなかったけれど。

正直そんなに悲しくはないのです。
父は75年の人生を立派に生きたのです。40年をしっかりと勤めあげ、3人の息子をそれなりにまともに育てあげた。ちょっと早かったとはいえ、やるべきことを全うしたのだと思います。
弔問で訪れてくださった昔からのお付き合いのある方々が生前の父について話してくださる言葉が、ふすまの向こうから漏れ聞こえてくる。
勉強熱心で努力を惜しまない人だった、細かいことまでよく配慮して周りからたくさんの信頼を集めた方だった。その一方でとにかく頑固で理屈っぽくて、一度こうだと言ったら譲らないしへそを曲げたときにはなだめるのが大変だった、あれは頑固を通り越して偏屈だと言われることもあった・・・そういう誉められることもそうでないことも、とても自分にそっくりなんですよね。というかもう、笑っちゃうくらいそのまんま。
父の体はなくなってしまったけれど、実はそっくりそのまま自分の中にいるのです。
亡くなった人間は生きている人の心の中でずっと生きている、というようなレベルではなく、僕自身を形づくる一部として本当にいるのです。
だから悲しくはないのだろうと思っています。
僕の中に確実に父がいます。
僕はあなたの血を受け継いだあなたの息子です、とどこへ行っても堂々と言える。それは僕の誇りなのです。



「出棺の際に流す曲のご希望があれば選んでください」と葬儀屋さんに言われて流したのはこの曲、岩谷時子作詞/いずみたく作曲の「夜明けのうた」。
父の持っていたCDの中から母が選びました。新婚時代の思い出のあるうただったようです。
子どもたちの前で歌を歌ったりしない人でしたが、歌は結構好きだったようで、そもそも父と母が出会ったのは、労働運動の一環で当時の若者の間で広がった「うたごえ運動」の集まりだったそうです。そういえば父の部屋には古いボタン式のアコーディオンが置いてあった。弾くのを聞かせてもらった記憶はないけれど。そんな話ももう少し本人の口から聞ければよかったのですが、多分生きていても、照れてしゃべってはくれなかったような気がするな(笑)。だって、自分自身がそうだから(笑)。

懐かしい歌声喫茶
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全曲集
全曲集 / 岸洋子





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コメント

[C1736]

その子さん、ご訪問ありがとうございます。
そうなんです、自分でも嫌になるくらいそっくりやな、と、苦笑しています。昔はちょっと嫌だったけど今は受け入れています。父と同一化したような気分、父の名前を襲名しようかとか(笑)思ったりするくらい。

フォーク系のサークルの話は聞いたことなかったかも。歌や楽器のイメージがつかない感じがしたけど(笑)、またきかせてくださいね。
なんにしてもちょっと余裕が出てきたのならよかったです。
まだまだこれからが大変でしょうが、応援していますよー。

  • 2013-02-07 00:16
  • goldenblue
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[C1734] ようやく

年明けから突っ走ってきて、ようやく、ブログに遊びに来る気持ちの余裕ができました。

お父さんって、goldenblueさんそのままだったんですね。
(遺伝的に言えば逆ですが(笑))
だからこそ、ぶつかってたんでしょうね。

ところで、余談ですが、私は大学のとき、フォーク系のサークルに入ってまして、学祭で『うたごえ喫茶』というものを毎年してました。
なんだか、goldenblueさんと気が合うきがするのは、そういう不思議な縁(?)があるせいかも、と感じました。
  • 2013-02-06 21:51
  • その子
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[C1732]

haTshさん、ありがとうございます。
気づかずお返事遅くなりました。
まぁ親が先に向こうへ行くということはとてもまっとうなことと受け止めてはいます。
むしろ残された母のほうが気がかり。
やっぱり少しでも長生きしてほしいですよね。

  • 2013-02-02 09:34
  • goldenblue
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[C1731] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

[C1726]

Okadaさん、こんにちは。ありがとうございます。
うちも3人兄弟で、今回のことでほぼ10年ぶりくらいで3人が揃って顔を合わせました。
自分が一番父親に似ていると思っていたのですが、どうやら3人が3人ともそう思っているみたい(笑)、そういうもんですね。
それは父親としてはちょっと嬉しいことなんじゃないかと思います。
  • 2013-01-26 09:16
  • goldenblue
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[C1725]

そうでしたか。
お疲れ様でした。

ぼくの両親は二人ともまだ元気ですが、いつどうなっても不思議ではない年齢なので、色んな事を想像してしまいます。
もう高齢なのに毎日車の運転をしているので、事故しないだろうか?とか、突然倒れないだろうか?とか。

三人居る子供の中でぼくが一番父親に似ています。
二人ともあまり喋らないので、腹を割って話した事はないのですが、話さなくてもわかってる部分は確かにありますよね。
父親と息子、性格が似ていると余計に疎遠になってしまうものなのかな。

ご冥福をお祈り申し上げます。

[C1724]

konomiさん、こんばんは。お気遣いありがとうございます。
本文にも書いたように、気持ちは意外とさばさばしています。後悔がないといえば嘘になるかもしれないけれど、これでよかったんだという思いもあります。

父親は反面教師ですね。
どうしても拭いようのない同じ血が流れていることの安心感と拒否感の中で、いいとこどりしていければそれが結果的には一番の親孝行なのだと思います。

konomiさんもいろいろハードなようなのでご自愛を。
  • 2013-01-24 22:46
  • goldenblue
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[C1723]

こんばんは。完全に出遅れてごめんなさい。
大変な年末年始だったんですね、お疲れ様でした。

僕も実は、と言うかどこでもそうだと思うんですが
父親とは微妙な関係です。
高度成長期をひたすら突っ走ってきたオヤジの世代は男として羨ましい反面
その実績を盾に色んな面で圧力をかけられました。
でもそういった父親に対する猛烈な反発が、もしかしたら
今の自分のベースになってるんだと思うと、
男にとって父親と言う存在は反面教師でもあり
ある種の必要悪なのかもしれませんね(笑)


心よりご冥福をお祈りいたします。
  • 2013-01-24 19:51
  • めれんげkonomi
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[C1722] 管理人のみ閲覧できます

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[C1720]

まりさん、ありがとうございます。
まりさんの記事を拝見して驚いていたところです。
お母様のご冥福をお祈りいたします。

自分でも意外なくらい冷静だったのでびっくりしていますが、18のとき家を出てからずっと離れていたので、自分の中で父親の存在を消化していたのでしょうか。ずっと離れていたので、急に居なくなったという感じはなくて、居場所がこの世かあの世かの違いくらいなのかな、と。

親孝行らしい親孝行はまるでしませんでしたが、まぁこうして父親のことに敬意と愛情を感じながら僕がちゃんと生きているということが最大の親孝行なんだろう、と思っておくことにします。
  • 2013-01-24 00:33
  • goldenblue
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[C1718]

megumickさん、ありがとうございます。
megumickさんのお父様もずっと入院されているんですよね。大変でしょうが、支えになっておられると思います。

やっぱり男親にとって息子・娘の違いはあるでしょうね。
うちは娘なんでのほほんとくだらないことばっかり家で言っていますが、息子だとそうはいかないような気もするし、父の立場に立てば3人も子供がいるのだから一人くらい娘だったらよかったのにね、とも思ったりします。ずいぶん違っただろうな。

夜明けのうた、良いうたでしょ。
megumickさんを送る曲は当然ストーンズですよね。
あえてしんみりしたのじゃない方がいいかもしれません。「悪魔」でも行っときますか(笑)。
遺族に見つけてもらえるかどうかはわからないけど、一応自分のお葬式用の選曲はしておきたいな、なんて思っています(笑)。
  • 2013-01-24 00:12
  • goldenblue
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[C1717]

mono-monoさん、ありがとうございます。
お正月の記事、よかったですよ。海辺で初日の出を待つ世代の違う男たちの絵が浮かびました。
そういうことって後々までずっと覚えていられるんだろうと思いました。

あまり仲の良い親子ではなかった、怒られたことばかり、と書いた後で、ぽろぽろとたくさんのことを思い出してきました。
小学生の頃に毎年父の職場の集まりで海水浴に行ったときにカラオケで「有楽町で会いましょう」を歌っていた普段家では見せない父の姿とか、兄が事故で病院に運ばれたときのうろたえた姿とか、結婚してからふらりと家に遊びに来たことがあったなぁ、とか、いろいろと。

何気ないたくさんの思い出をたくさんの方と分かち合えたら、それがなによりなのかな、と思います。

  • 2013-01-24 00:01
  • goldenblue
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[C1716]

goldenblueさん お父様の旅立ち 冷静に受けとめて
さすがと思いました。
私もこないだ母が 肺炎で突然亡くなって ただただ
驚いています。

親孝行できないと 自分自身いなおっていたので
心でわびる日々です。

最後まで意識がはっきりしていた母は 私が帰った後
「k子は?」と私の名前をいってくれたそうです。
バカ娘でも可愛いと思ってくれていて嬉しかったです。

良い所も悪い所も やはり引き継いでいるって実感しますねえ・・・
  • 2013-01-23 21:36
  • まり
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[C1715]

そうだったんですね。
まだお若いお父様なので残念です

心よりご冥福申し上げます

確かにgoldenblueさんの中にお父様はいらっしゃるでしょう

父親って息子には強くたくましく生きて欲しいあまり、厳しくなってしまうのかな・・・
うちも兄にはスパルタ教育って感じでした。
私には滅茶苦茶甘かったですが・・・

「夜明けのうた」いいですね。
不謹慎ですが、もし自分たちが死んだ時、遺族は
どのCDを選ぶのかな・・・?
  • 2013-01-23 20:42
  • megumick
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[C1714]

じんわりと読ませていただきました。
親子の関係、父親と息子っていろいろお互い難しいところがありますよね。

私の両親はいまのところ元気なのですが、亡くなったら、と時々ふと考えます。
この正月も帰省しながら、あと何回こんな正月を迎えられるのかなあ、と思っていました。
この記事でまたいろいろ考えさせられました。
こんなコメントですいません。

お父様のご冥福をお祈り申し上げます。

[C1713]

ezeeさん、お言葉ありがとうございます。
父親の呪縛からはやっぱり一生おつきあいしていくしかないのでしょうね。俺はこんな風にはならない!と思ってきたけど、やっぱりそっくり。あのときはよくわからなかったけど本当はこんなことが言いたかったんだろうな、とか。
いっしょにいるとぶつかることの方が多かったから、距離を置くべきだと思って家を出たのが18のとき、そのとき父親がどんな気持ちだったか聞く機会を失いましたが、多分僕の気持ちをよくわかってくれていたはず、と思っています。
もう少し素直に話しておいてもよかったかな、と思う気持ちと、話さなくてもわかってくれていたはずの気持ちは半々くらい。
なかなか映画やドラマのようには語りあえないですよね。

  • 2013-01-22 08:29
  • goldenblue
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[C1712]

花マロリンさん、お言葉ありがとうございます。
父と息子、周りを見渡しても、何でも言いあえる仲良し親子なんてそう見当たらない気が確かにします。
息子にとってみれば父親は乗り越えるべき存在、よく言えば一方的なライバル、悪く言えば目の上のたんこぶ、思春期の頃はみんなそんな感じになるのだと思います。
親から見た息子はどんな感じなのかはちょっと実感がないのですが、過剰な思い入れがありそう。それが息子にとってはうっとおしくなることがあるのじゃないかと思ったりします。
ごちゃごちゃ言われなくても、ほんとうに居てくれるだけで頼りになる存在なのにね。

花マロリンさんのお父様もお若いうちに亡くなられたのですね。
ますます父親に似てくるという感じ、わかるような気がします。いっそ改名して、父親の名前を襲名しようかと思うくらい(笑)。

  • 2013-01-22 08:17
  • goldenblue
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[C1711]

非双子さん、お言葉いただきありがとうございます。
ほんと良い所も悪い所も受け継いでいるものですね。そっくり過ぎて嫌なところばっかりが目について、なかなか打ち解けることができない、そういうものなんでしょうね、男同士だと。
でも心のうちでは理解し合えていたと思えるのも男同士だからなのかな、と思っています。


  • 2013-01-22 08:00
  • goldenblue
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[C1710]

実は年末年始に大変だったのですね。御愁傷様です。
自分も、こんなとこ親に似たくないと思ってることも多々ありますが、確実にそのDNAを受け継いでることは悔しいけど感じます。なんだかんだ言って、長年親の行動が判断基準の根底あるもんで。。その呪縛のなかで、生きていくもんですね
それをポジティヴに受け止めるようにしてます。
今は自分が親になって、何となく気苦労もわかるようになったこともあります。理解も感謝もするようになりました。伝えることはありませんが・・
自分も親を誇りに思えるようにありたいですね
  • 2013-01-22 01:21
  • ezee
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[C1709]

ブログ更新がなかったのは
そんな大変な事情からだったのですね。

心中、お察しいたしますと共に
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。

父親って居るだけで
良い人って思います。

四季の歌でいうところの
大地のようでいてくれれば。
性格は様々あるとは思いますが
そこに生きて座っててくれたらいい人。

父を亡くして10年になりますが
私の中にも父はしっかりと生きております。
最近、ますます父に似てきたような気さえしています。
いまだに会いたい人ナンバーワン。

父と息子って不思議ですよね。
周囲を見渡しても
父と息子ってむずかしそう。

でも今日のブログを読んで
感じました。

父と息子って話さなくても
分かり合える部分があるような気がしました。



5934
  • 2013-01-22 00:08
  • 花マロリン
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[C1708]

20年ほど前、祖母が12月29日に他界し大晦日が葬儀。
葬儀は普通でも特別な行事なのに、年末年始に重なると夢の中の出来事みたいでした。

お父様のご冥福をお祈り申し上げます。

>僕の中に確実に父がいます。
そうなんです、良い所も悪い所も受け継いでて、、何故かお互いに意地があるような関係なんで打ち解け合えない。

子供が大きくなってくると、親の立場になってしまいますが未だ分からない、やっぱり男の”性(さが)”なんでしょう。

  • 2013-01-21 22:25
  • 非双子
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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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