昨日、10数年ぶりに歯医者に行った。 もちろん好き好んで行くわけもなく、やむにやまれぬ痛みに耐えかねてのこと。 水曜日の夜のことだった。夕食の途中でガリッというような音がして、口の探ってみると5mmくらいの尖ったエナメル質のようなものが出てきた。表側は少し黄ばんだ乳白色、裏側はすこし黒ずんでいる。 うむ、これは明らかに歯のかけらだ。 口腔内をおそるおそる手で触ってみると、右下の一番奥の歯がぼこっと凹んでぎざぎざとした感触。 以前の虫歯の詰め物が外れてしまったのかとも思ったが、どうやら虫歯が悪化してもろもろになっていたらしい。 そういえば夏頃、奥歯がズキズキとしてひどい肩凝りや偏頭痛になっていたような記憶。 痛まなくなったと思っていたが、実はひどく悪化していたのだな。 ほかにも前歯の詰め物もはずれちゃっているし、左の奥歯のほうも実は噛みあわせがよくないし、いい加減歯医者へ行かなきゃいけないか、、、と深く溜息をついた。 歯医者は好きじゃない。 もっとも、歯医者が好きな人なんておそらくそうそうはいないだろうけれど、医者の中でも特に歯医者は苦手なのだ。 なんていうんだろうか、あの奇妙にピッカピカに磨かれた床や、不必要なまでにピンクや水色やクリーム色の淡いパステル調に統一された待合室、そして待合室に流れるわざとらしいくらいに癒しを強要するようなBGMに潜む、いいようのない不快感は。 アレは明らかに、その向こう側にある恐ろしいものを隠蔽するためにある。そのわざとらしさが逆に余計に不快感を増幅させるのだ。あんなものでリラックスさせようなんて子供だましもいいところだぜ。 そして、これもまたパステル調のピンクに身を包んだお姉さんに、優しげに見せかけた、しかしとても無機質な声で呼ばれて診察室に入ると、冷徹に整然と並んだ何やら怪しげなあれやこれやの不気味な機器。まるで拷問台のようだ。あれが怖くない人はいないと思う。 そしてもうひとつ歯医者さんが嫌いな理由は、必ず医者にお説教をされること。 「あー、ひどいねー、よくここまで放置しましたねー、もっと早く来なくちゃダメじゃないですか。」 と、必ず上から目線で厳しく諭される。まるでダメ人間扱いだ。 診療台に縛り付けられて、目の前に明るいライトを浴びせられ「さぁ、苦しければ知っていることを全部話せ!」みたいな拷問を受けているような気持ちにさせられ、そして医者のなすがままに口腔内をなぶられる。 わけのわからないうちに一定の目的が果たされたのか、医者に促されてうがいをして台から立ち上がるときの何とも言いようのない屈辱感。 隣にいる看護師も、診療代を支払うカウンターのお姉さんも、「お大事に」なんて言葉では言いながらも心の底では、ここまで虫歯を放置しただらしのない男、人生の落伍者として僕のことを見ているに違いない・・・。 これはもう、人間の尊厳に関わる重要な事態だ。 治療の痛み云々以上に、あの屈辱感が僕を歯医者から遠ざけてきたのだ。 だから、忙しさにもかまけて、ついつい多少の痛みであれば放置してしまう。 その結果がこの薄汚れた歯のかけらだ。 それでも、すぐに歯医者に行こうという気分には実はならなかった。 今までと同じように「あぁ、歯医者行かなきゃ」とは思ったものの、特に痛みがあるわけではなくいずれ忘れてしまってまた放置してしまうんだろうな、という思っていた。 ところが、だ。今回は少し状況が違っていた。 奥歯の欠けた先端が非常に鋭利に尖がっている。 それが、舌の付け根に当たっていて、常に尖がった部分が接触しているのだ。 木曜日の午前中はどうもなかったのだが、昼過ぎくらいから、舌の付け根がズキズキと痛みはじめ、夕方にはうまくロレツが回らず、「ラ行」が言えない状況に。帰宅して夕食を食べようにも舌の付け根がビリビリとしてうまくのどを通らない。蒲団に入っても痛みはひくどころかどんどん激しくなっていく。 普通の怪我ならば最初は痛くても日にち薬で治っていくものだが、どうやら今回は当てはまらない。 尖った奥歯の先端は勝手に丸くはならないし、痛む舌の患部は常にその尖った先端の攻撃を受け続けているのだからして、放置して悪化こそすれ良くなる要素はどこにもない。 つまらぬ意地など通している場合ではない、今度ばかりは無理だ。年貢の納め時。 そう観念した僕は、ろくに眠れないまま眠い目をこすって、回らない舌で上司に遅刻を申し出て、金曜日の朝から歯医者へ向かったのであった。。。 歯医者へ向かうとき、頭の中で流れていたのはこれ。 The Rolling Stones “Dear Doctor” Oh help me, please doctor, I'm damaged. There's a pain where there once was a heart. It's sleepin, it's a beatin' Can't ya please tear it out, and preserve it. Right there in that jar? ・・・ Beggars Banquet / Rolling Stones 10数年ぶりに訪れた歯医者は、やはり以前から僕がよく知っているのと同じ、淡いパステルのピンクとクリーム色の壁の待合室にひんやりとした空気と、わざとらしいBGMが流れていた。以前から僕がよく知っているのと同じ淡いピンクのパステルのお姉さんが作り笑顔で「どうされましたか?」と尋ねてきた。
そして無機質な声で名前を呼ばれて診察室に入ると、やはり以前から僕がよく知っているのと同じような不気味な機器が並んでいて、強要されてもいないのに拒否できないような大きな流れの中で僕はそこに座ることになる。
医者はやはり予想通りに「あぁ、これはひどいねー、よくここまで放置しましたねー」と、半ば憐れむように呟き、手早く患部に何やら板を当ててレントゲンを撮影し、撮影したばかりの僕の奥歯の画像をパソコンで僕に見せながらこう言ったのだ。
「親知らずですね。それが悪化してぼうボロボロです。
これはもう役に立たないので、抜いてしまいましょう。」、と。
とりあえず応急処置として、尖がった角の部分を丸く削ってもらい、舌の痛みは治まった。
ちゃんと普通にしゃべれるようになった。
抜歯は来週の金曜日。
ほっとしたのも束の間、今は何だか、刑を執行される直前の囚人のようなブルーな気分なのです。
やれやれ。
いや、いっそこれを機会に、他の歯も徹底的に治療してしまおう。
歯石も取って、ヤニも取ろう。
まだまだ長生きするために、歯の健康は大切だ。そんなことはよくわかっている。
それに何より、二度とあんなふうに憐れみの表情で見下されるような屈辱感を味わいたくないのだ。
そして真人間としてやり直すのだ!
・・・なんて、そこまで大袈裟に語るようなことでもないような気がしますがね、、、(笑)。
それくらい苦手なんです、歯医者。
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だんだん体のあちこちが悪くなるのは仕方のないことなのでしょうけど、いろいろめんどうですよね。
特に歯の健康は内蔵にも直結しますから大切です。
わかってはいるけど、歯医者のあの感じ、もうちょっとなんとかならんもんかい!と思ってしまいます。