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◇冬の夜に凍りついた土地への憧れを想う / 星野道夫 『ノーザンライツ』

ノーザンライツ (新潮文庫)

ノーザンライツ/星野 道夫

中学生の頃、理科の先生に天気図の書き方を教わったことがある。
ラジオが淡々と読み上げる"石垣島 北北東の風 風力3 晴れ 18hPa 21℃"なんていうのを地図に落としていって、最後に等高線やなんかを引っ張るのだ。聞き漏らさないよう書き間違えないよう、しっかりと集中して地図に向かう作業はどこかとても重要な任務みたいに気合いが入ったし、それ以上にそのラジオが読み上げる遠い土地のイメージがなんとも好きだった。"浦河"とか"アモイ"とか"ウラジオストック"とかまるで知らない土地の、なんともいえないロマンティックな響き。石垣島では20℃を越す陽気なのに、ハバロフスクではマイナス16℃の吹雪が吹き荒れていたりする、自分のいる土地とはかけ離れた過酷な気象状況。アジアの片隅の日本の近くだけでさえこんなにも人々の暮らす環境は違うのだなぁ…などとその知らない土地を想う、そういった想像は僕の知的好奇心を刺激した。

知らない土地の知らない文化に暮らす人々の話を読むことは楽しい。
そんなわけで、静まり返った夜中に読み耽っていたのは星野道夫さんの『ノーザンライツ』。
アラスカの自然に魅入られ、写真家になりアラスカで暮らし始めた星野さんからのアラスカ・レポートだ。アラスカに暮らして早や十数年が経っていた星野は、アラスカの自然や生き物だけじゃなく、アラスカの文化や歴史や、人の暮らしそのものについての語り部になろうとしていたようだ。
第二次大戦後まだフロンティアだったアラスカにセスナ機のパイロットとして渡ったシリアとジニーという二人の女性の辿ってきた道のりを中心に、アラスカを核実験の土地にしようとした政府計画への反対運動のことや、その人々の出会いの揺りかごとなったキャンプ・デナリのことや、原住民以上に原住民らしい育ち方をした白人のセスのこと、グッチンインディアンのリンカーンやクリンギット族のボブのこと…いろんなエピソードから滲み出てくるのは、アラスカに暮らす人々への愛情や、アラスカの近代史を作ってきた人々への尊敬の想い。そしてアラスカを愛して止まない人たちの想いを自ら継承して伝えたていきたい、という使命のようなもの。星野はアラスカという土地を愛していたし、アラスカに愛されていた。
しかし、残念ながら彼のレポートは「極北の原野を流れる“約束の川”を旅しよう」という記事の第一章でプツリと途切れてしまう。執筆中の1996年8月、彼はヒグマに襲われて命を落としてしまったからだ。

星野がどうしてそれほどまでにアラスカに魅入られていったのかはこの本では語られてはいないけれど、自分が生まれた土地から遠く離れた場所に憧れる気持ちは何となく分からないでもない。
少年の頃、ラジオにかじりついて気象情報を聴いている星野の姿が見えるような気がした。

最後に、星野さんの言葉から。
「長い目で見れば、人々が今抱えている問題も、次の時代へたどり着くための、通過しなければならない嵐のような気がして来る。一人の人間の一生が、まっすぐなレールの上をゴールを目指して走るものではないように、人間という種の旅もまた、さまざまな嵐に出会い、風向きを見ながら、手探りで進む、ゴールの見えない航海の様なものではないだろうか。」
「混沌とした時代の中で、人間が抱えるさまざまな問題をつきつめてゆくと、私たちはある無力感におそわれる。それは正しいひとつの答えが見つからないからである。が、こうも思うのだ。正しい答えなどはじめから存在しないのだ、と。そう考えると少しホッとする。正しい答えを出さなくてもよいというのは、なぜかホッとするものだ。しかし、正しい答えは見つからなくとも、その時代その時代でより良い方向を模索してゆく責任はあるものだ。時代の渦に巻き込まれながらも何とか舵をとりながらすすんでいこうとするグッチンインディアンの人々の夢に、僕はそのことを強く感じていた。」

星野さんは、極北の地で人々の暮らしに寄り添いながら、人類の未来のことを考えていた。人類の未来に希望を見出そうとしていた。
つくづく、人類の羅針盤のような惜しい人を亡くしたものだと思う。


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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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