イスタンブールで旅のツワモノたちの話を聞きながら、もしイランのビザが取れたらイスファハンやペルセポリスまで行ってみたいなぁ、と考えたのだが、ビザの取得には申請からあまりにも時間がかかりすぎるので断念。 今もそうなのかもしれないが、当時イランは、ホメイニ師のイスラム革命以降一種の鎖国的な政策をとっていて、外国人旅行者がむやみに出入りできなかったのだ。 それではせめて国境まで行ってみよう、とアンカラからバスに乗って移動すること東へ600km。 何にもないだだっぴろい平原の中をバスはいくつかの経由地をはさみながら10数時間走り、明け方に国境の町・ドゥバヤジッド(Doğubeyazıt)に着いた。ここからアルメニア・イラクの国境まではもう数10kmのところ。町のはずれにはアララット山という5000m級の山がそびえている。旧約聖書で洪水の後ノアの方舟が漂着したと書かれている山だ。 ところが、町に降りてみるとなんだか雰囲気が妙。 市場らしいものもなく、商店はみなシャッターを降ろしていて人の気配がほとんどない。 ??? なかなか通じない英語でなんとか聞いてみると、どうやら昨夜この町で銃撃戦があったとのこと。 警察からのお達しで今日は商店の営業が禁止されているのだそうだ。 戦っていたのは、トルコ軍とクルド人のゲリラ組織。 イラクとの国境に近いトルコ南部では、クルド・ゲリラによる観光客の誘拐などは起きているとの情報は耳にしていたけれど、こんな北のほうでもそんなことが、、、ホテルで前日泊まっていたというオランダ人によると、客は全員一旦地下室に移動させられ、時折遠くでマシンガンのような音が鳴り響いていたのだとか。 えらいこっちゃ。わざわざここまで来たのに、ホテルに缶詰されたまんまになっちゃうのか?市場も食堂も閉まっているから食べるものなくて腹はペコペコだし、なんてこったーっ!と心配したのもその日だけ。次の日には町中の市場にはトマトやフルーツ、オリーブやぶどうが山と詰まれ、パン屋からは焼いたパンのいい匂いが漂ってくる。街路ではおっさんたちがたむろしてタバコを吸っている。 子どもたちは謎の東洋人を見つけると興味津々に寄ってきて、カメラを向けるとポーズをきめてくれる。 海外で戦争やテロがあると、テレビではとても緊迫したものものしいニュース映像が流される。 それを見ている僕たちは、その映像の中の世界がその国のすべてだとつい思い込んでしまう。 福島の原発事故で、日本中が放射能の危険にさらされていると外国の人から思われたように、その国のあらゆるところで危険なことが起こっているのだと思い込んでしまう。 そんなことはない。戦争やテロが起きている町でも、やっぱり腹は減るし夜には眠い。そこには変わらない人間の暮らしがある。人間のやることなんて、どこへいったってそんなに極端には変わらない。 旅人は自由だけどどこか淋しい。しっかりと日々を暮らしている人たちの笑顔にはかなわない。 やっぱり日常のささやかな暮らしの中にある小さな幸せって大切だな、それがすべての基本だな。 3ヶ月近くに及ぶ旅でそんな風に感じたことは、実は僕の中では大きな転機だった。 BIGなことなんて目指す必要はない、小さくてささやかでいい。 あまりにもちんまりした毎日が嫌で前の会社を飛び出してきたけれど、やっぱり日常の暮らしに関わる仕事が一番なのだろうな、とそのときふと思ったことが、結果的に今の勤務先に就職するきっかけになったのだ。 写真は、町のはずれの山の中腹にあるイサク・パシャ宮殿。 かつてクルド人の王がこの地を治めていた頃の王宮だ。 王宮の中庭では、黒い羊がのどかに草を食んでいた。 眼下には、見渡す限りの平原。 この風景は、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタンから、今は中国領である東トルキスタンや内モンゴルの方までずーっとずーっと同じような風景が続いているのだろう。 そしておそらくその風景は、1000年2000年の昔からほとんど変わっていないのだろう。 目を閉じれば、馬に乗ったチンギス・ハーンの軍勢が、平原を渡っていくのが見えるような気がした。 羊を連れた遊牧民や、ペルシャ人の隊商や、ティムールの軍隊が平原を渡っていくのが見えるような気がした。 僕は、想像上の自分自身をここから東へ旅に出してから、イスタンブールへ戻り、数日をのどかに過ごした後、日本へ戻った。 そして、想像上の自分自身は今も、イスファハンやブハラやサマルカンドをうろうろしている。 吉田拓郎 人生キャラバン サマルカンド・ブルー / 吉田拓郎 イスタンブールで出会った年上の人が好きと言っていた『サマルカンド・ブルー』。
その頃は「けっ!フォークやん!」と否定していた。
湿っぽくて感傷的なのは苦手なんだな。
でも、たまにはこういうのもいいな、と思ったりすることもあるのだ。
20年も前の旅のことを、ひとしきり振り返ってみた日なんかには。
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