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♪思い出は思わぬ形で心に刻み込まれてしまうから / ハウンドドッグ 『狼と踊れ』

何気にテレビを見ていたらCMから懐かしい声が流れてきた。ハウンドドッグの大友康平。
何のCMだったかは忘れてしまったけど、彼の声を忘れることはない。最近はバラエティやドラマ、映画と多方面で活躍、また『1人ハウンドドッグ』が裁判沙汰になったりと話題には事欠かない大友さん。やっぱり音楽で勝負してほしい、とも思うけれど、それはそれでまぁよしとしよう。誰だって歳をとるし、若い頃と同じことばっかりでは飽きてしまうし飽きられもするし、何より飯を食っていかなきゃいけないのだから。
ハウンドドッグとの出会いは、高校に入るか入らないかくらいの頃だったと思う。
RCと浜省と佐野元春に始まって、モッズ、ARB、ルースターズ、アナーキー、ハートビーツ、シーナ&ザ・ロケッツ、そしてハウンドドッグ。ロックのかっこよさに目覚めた僕は、次から次へといろんなバンドを手当たり次第に聴き漁っていたのだ。今聴けばそれぞれのバンドの印象はそれぞれに違うけれど、あの頃はもう一緒くたにロックならなんでもOKだった。彼らのわかりやすいビートとシャウトとメッセージと反抗的で反社会的なアティテュードは、あの年頃特有の、どうしようもないモヤモヤ感や、やり場のない苛立ちをぶっとばしてくれるのにピッタリだったのだ。
音楽はいつも、それを夢中で聴いていた頃の空気をリアルに甦られせてくれる。
何にもできないくせにいっちょまえにいきがって、そのくせ嫌われないように周りに合わせてばかりいたガキんちょだった僕。教師とのいざこざや、仲間とのじゃれあい、それから好きだった女の子のこと。大していい思い出なんてないけれど、それも含めて、風景や匂いなんかもセットでいろんな思い出が浮かんでくる。
けれど、ハウンドドッグで思い出すのは、学校や友達や女の子のことじゃない。

その頃、音楽の一番の情報源は、友人と雑誌とFMラジオだった。本屋で雑誌を立ち読みしては、気になるものをエアチェック(死語!)していたのだ。ある日、FMでハウンドドッグのライヴをまるまる2時間以上ぶっ続けでやる特集番組があるという情報をキャッチしたのだけれど、その日はあいにくのクラブの練習の日。残念ながら当時僕の持っていたステレオセットでは2時間以上をぶっ続けで録音することは不可能で、そうしたければステレオの前に張り付いて頃合を見計らってカセットテープをひっくり返すよりほかに方法がなかったのだ。
そこで、母親に「これこれこういうのを録音したいから、○時頃にカセットテープをひっくり返してほしい。」とお願いし、充分に念押しして出かけていった。
練習を終えて帰宅してカセットテープを巻き戻して早速聴いてみる。おっ、オープニングは“ラスト・ヒーロー”だ。うーん、かっこいい!お次は“GoGo!サタディナイト”、続々と最高にカッコイイ演奏が続いて盛り上がってきたところでA面が終わる。演奏途中でぶちっと途切れてしまったのは仕方がないとしよう。で、B面にひっくり返すと…音が流れてこない。えっ?一瞬沈黙、少し早送りしてみる。やはり音が鳴らない。しばし呆然。…要は、機械に疎い母親がテープをひっくり返してくれた時、録音ボタンを押していなかったのだ。
僕は怒り狂って母親に怒鳴り当り散らした。 母はただ謝ったけれど、僕は赦さなかった。散々に怒鳴り散らかして暴れた。そのとき、母は泣いていた、ような気がする。
ハウンドドッグや大友康平を見たり聴いたりするたびに、心をよぎるのはこのことだ。だから大友康平の声を聞くと少しいつも胸がいがらっぽくなってチクチクする。これから先も、ハウンドドッグの健全なロックンロールを健全に聴くことは不可能なのであって、ハウンドドッグの音楽を聴くたびに僕は、いたたまれない気持ちになってしまうのだろう。
思い出は、こんなふうに思わぬ形で心に刻み込まれてしまうものなのだ。

母はこのことを覚えているのだろうか?いつか機会があれば謝らなくちゃいけないと思いながら、現実的には実家への足はすっかり遠のいている。なんだかんだで去年も正月は帰らなかったから、今年こそは帰らなきゃいけないな。

狼と踊れ~HOUND DOG武道館ライブ(紙ジャケット仕様)

狼と踊れ~HOUND DOG武道館ライブ/ハウンド・ドッグ

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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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