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♪Walk out to winter / Aztec Camera

ハイ・ランド、ハード・レイン
High Land, Hard Rain / Aztec Camera


いいお天気だ。朝晩はまだまだ冷え込むけれど、陽射しはずいぶんと力強さを増してきた。
なにしろ、3月になった、というだけで、ずいぶん気分が違う気がしてくる。春はもう、すぐそこにいる。

アズテック・カメラの「HighLand,Hard Rain」は、いわゆるネオアコースティック・ムーヴメントを巻き起こした名作として知られる1983年の作品。ロディ・フレイムはそのときわずか19歳。
いわゆる青春のきらめきと憂鬱を、あの年頃だからこそ感じ取れる繊細さで素直に音に表現した青春の記念碑的とでもいうべきこの作品は、あまりにも素晴らしすぎて、たくさんのフォロワーを生むと同時に、ロディ・フレイム自身も決して越えることのできない伝説になってしまった、そんなアルバムだ。
瑞々しくはじけるような軽快なビート、軽やかに撥ねるギターと、さわやかなメロディーが、春の訪れのようにウキウキした気持ちを運んでくる。それに乗っかるほんの少し物憂げなロディのヴォーカル。

“Walk out to winter”という歌を、僕はずっと長い間、「冬の寒さから抜け出して、歩いていこう」というような春の訪れの気分を歌った歌だと思っていた。希望にあふれた軽やかなリズムがそんな気分にさせる。けれど、いざ訳してみると、そういう歌ではなかったらしい。文脈的にもどう考えても「今いる場所をから出て、冬の中へ足を踏み入れる」というニュアンスの歌詞だった。こんな歌だ。


Walk out to winter

冬に向かって歩き出そう 
僕はそうするって決めたんだ
寒さが君の目を覚ます 
どうしようもなくなって
君は初めてなぜなんだろうと考える

僕らは夏に出会い 秋になるまで歩いた 
息もつがずに議論を繰り返し
それは決して若さのせいなんかじゃない
それは真実だった

ジョー・ストラマーのポスターが壁からはがれてる
そのあとに貼るものはなにもない
甘いものも苦いものも 
僕らがみつけたもの 全部飲み干してきたんだ

冬に向かって歩き出そう 
僕はそうするって決めたんだ
寒さが君の目を覚ます 
どうしようもなくなって
君は初めてなぜなんだろうと考える

冬に向かって歩き出そう 
僕はそうするって決めたんだ
チャンスは 眩しく輝く雪の下に埋まっているんだ

君は怒りをあげる
食糧配給を待つ失業者たちの列の中で
だから 冬に向かって歩き出そう 
後れを取っちゃだめだ
壁に向かって歩いているような世代さ
でも僕は怒りはしない 
ギアを入れて ここを抜け出すんだ

冬に向かって歩き出そう 
僕はそうするって決めたんだ
寒さが君の目を覚ます 
行き詰まって 君はなぜだろうと考えている

冬に向かって歩き出そう 
僕はそうするって決めたんだ
チャンスは まぶしく輝く雪の下に埋まっている


曲調は明らかにポップでさわやかな春の歓びなのに、歌われる風景は、美しい過去の喪失と、現実への失望と、ほんの少しのやけっぱちの希望。過去はもはや失われたし絶望しても仕方がない、なんであれここを抜け出して歩いていくしかないんだ、という決意表明。それが、シリアスに、或いは絶叫的にではなく、軽やかにしなやかに歌われているのが良い。
当時19歳のロディにとってそれは、モラトリアムの時代の終わりだったのかもしれない。自由気ままに何もかも許された時期は終わりを告げ、自分自身の精神のピークはもはや過ぎてしまったと感じていたのかもしれない。結果的に、その後の作品は、この作品での評価を超えることができなかった。この作品が自分自身にとって過ぎ去ろうとしている時期の一瞬の感情を閉じ込めたもので、二度と同じものは創ることなどできないものだということを、ロディ・フレイムも最初から知っていたのだと思う。

さて、春の訪れを待ちわびるこの時期に、それでも敢えて“冬に向かって歩き出そう”と歌うこの歌について書いてみたのは、中国産餃子事件以降、僕らの過ごしている時代の季節が変わってしまったように思ったからだ。
何もかもお任せで何にも考えないまま、どこかの誰かがいたれりつくせりで幸せな場所に連れて行ってくれる、…今までの暮らしの中にどこかあったそんな甘えはやっぱり幻でしかなかったのだ。そんな「豊かな暮らし」の幻想は本当に終わったのだと思う。敵意も悪意も含めて魑魅魍魎が跋扈している世界の中で、自分自身で考えて自分自身の意志で選び、自分自身で自分の身を守る。今はもうそういう時代なのだ。それは、冬のように冷たく厳しく、慎ましさが必要な暮らしなのかもしれないけれど、自分の足で歩いてゆくしかない。そんな覚悟が必要だ。
ヘヴィな時代だと思う。まともに向き合ったらパニックになりそうな。だからこそ、シリアスになりすぎずに、この歌みたいに、軽やかなビートで立ち向かっていきたい。
チャンスは、つまり希望は、きっと、雪の下に埋まっているはずだから。


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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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