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♪真っ当に生きていくことへの強い願い / 尾崎豊 『回帰線』

回帰線

回帰線/尾崎豊

ezeeさんのblog で尾崎豊の記事を見て以来、尾崎の声が耳にまとわりついてしまった。
決して尾崎豊の大ファンではなかった。僕が持っているのは初期の二枚、それもLPレコードとカセットテープだから、尾崎を聴くためには壊れかけのカセットテープ用のウォークマンをひっぱり出してこなければならなかったけれど、とにかくここしばらくは、繰り返しこの二枚のアルバムを聴いていたのだ。
尾崎の歌を聴いていると、何か書かなければいけない、彼が歌おうとした何かを言葉にしたい、という気持ちがむくむくと湧いてくる。けれど、いざ言葉にしようとするとそれはとても陳腐なものになってしまうからなんだか途方に暮れてしまったのだけれど、まぁ書いてみよう。

初めて尾崎を聴いたのは深夜のFMラジオ。“15の夜”だった。
1983年、17歳。浜田省吾や佐野元春に魂揺さぶられて、そこからスプリングスティーンが大好きになった頃だったから、尾崎のスプリングスティーンっぽいサウンドは一発でお気に入りになった。自分と同世代のアーティストが早くも世に出てきたことにびっくりもしたし、応援したい気持ちになったということもあるけれど、何より彼の歌う世界は、バイク盗んだり教室の窓ガラスこそ割らなかったけれど、大人の社会へ違和感や自分自身の在り方について思い悩む姿が、そのまんま当時の自分自身だったからだ。
「ここにも同じような思いで弾けそうになっている奴がいる」、とそう思うだけで元気が出た。

今からは信じらないかもしれないけれど、ファーストの『十七歳の地図』は発表当初は全然評判にならなかったのだ。ブレイクしたのは85年の年明けに、シングルの“卒業”を出してからだった。
2枚目のアルバム『回帰線』は、高校の卒業式の直後に買いに行った。一緒に行った友人に「えっ、おまえこんなん聴くんか?」とびっくりされて初めて尾崎人気の世間での沸騰ぶりを知った。
それから先はご存知のとおりだ。
十代の教祖として崇め奉られていく尾崎を、僕はポカンとした気持ちで見ていた。

当時は見る機会がなかったライブの映像なんかを見ると(You Tubeってほんと、すごい)、まんまスプリングスティーン・チルドレン。このアルバムに収められた曲も、“BOW!”は“Crash on You”みたいだし、“存在”は“Bad Land”そっくり 。“Scrap Alley”なんかもいかにもスプリングスティーンが歌いそうなテーマだし。影響を包み隠さず、無邪気に直球勝負で自分自身の思いの丈を叫びまくっているその姿は、今の歳になってみるととても微笑ましくかわいらしいくらいだ。
彼の歌には、生きることへの真剣な眼差しがあった。真剣だからこそ傷ついてしまう弱ささえもむき出しにしてしまう強さがあった。

けれど、それから順を追って歳を経るごとに、尾崎の音楽からは無邪気さが失われ重苦しくなっていく。
それは自分自身をまっすぐ見据えて真摯に表現していく姿勢の現れなのだろうけれど、どうしてこの人はそんなにまでも自分を追い詰めていくのだろう、どうしてそこまで悲壮感を漂わせて何もかも背負ってしまおうとするのだろう、と正直そう思っていた。
その疑問に対して、ふと思いついたのはこんなことだ。
尾崎豊は、誰かに求められている自分自身の姿に忠実であろうとしたのではなかったのか、周囲に求められる尾崎豊像を演じきろうとしたのではなかったか、と。
本当の自分自身なんて本当は空っぽで将来への夢も希望もなんにもなくて空虚さにうちひしがれていて、そんなときにたまたまロックンロールに出会って、思いのありったけを歌にしてシャウトしてみたら周囲からのウケがよくって、そんなファンが望む尾崎豊像を演じきることだけが空っぽで空気中に雲散霧消してしまいそうな自分自身にフォルムを与えることだったのではないのか、と。
痛みだけが生きていることを実感させる、そんなパラドックス。
けれど、空虚なまんまで空っぽの自分自身を生きているよりはずっとましだったのではなかったか。
それが結果的に、自分自身で作り上げた物語の中で迷い込んでしまうようなことになってしまったとしても、だ。勝手な妄想だと、熱心なファンの方に怒られてしまうだろうか。

話がそれてしまった。やはり尾崎を書くのは難しい。
だから、端的に言ってしまおう。何だかんだ言っても、尾崎豊は好きだ。
音楽やメッセージの好き嫌いを越えたところで聴く者の魂を揺さぶる何かが彼の歌にはあるからだ。
特に、この初期の二枚に残された濃密なエネルギー。青春時代独特の甘さを含んだ優しさ。真っ当に生きていくことへの強い願い。
それらは、時代を超えてこれからも、生きることにドロップアウトしかかって何かを求める人のところへ届いてゆくはずだ。


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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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