fc2ブログ

Entries

♪Reason to Believe / Bruce Springsteen

Nebraska
Nebraska / Bruce Springsteen


村上春樹さんが音楽について語った文章を読むのが好きだ。
リズムの整った音楽のような言葉で、その歌が表現しようとする世界や、その歌が紡ぎ出した光景を鮮やかに浮かび上がらせてゆく、その文章はとても心地よく響いてゆく。
そんな村上氏が音楽について語った新刊が出たので、さっそく買って読んだ。タイトルは『村上ソングス』。原詞と、自身による対訳と、和田誠氏によるイラストと、簡潔な文体によるコラムで綴られる29曲が、村上氏の小説とも共通するペシミスティックでありながらどこか傍観者のような世界観で語られれてゆく。ほとんどは、いわゆるジャズのスタンダード曲で、実際のところ僕もあまりピンと来ないのだけれど、村上氏の世界観で切り取られた世界にはとてもなじみがある。一編一編はとても短い文章だけれど、小説や映画でも味わうようにじっくりと読んでみたい、一気に読み飛ばしてしまってはもったいない、そんな気分にさせる本だった。
どちらかといえば、師と仰ぐのは山川健一さんのやんちゃぶり。あこがれるのは池澤夏樹さんの、世界を優しく包む眼差しを科学的根拠も含めて解析してゆく知的冒険者的振る舞い。思春期にショックを受けたのは、村上龍さんの圧倒的なエネルギーや、ある種の屁理屈のようでいて妙に説得力のある橋本治さんだった。村上春樹氏の書くものはどこかさらりとしていて物足りないというか、だからどうなんだというような少しじれったい気分で読んでいた記憶があるのだけれど、彼の言葉や彼が紡ぎ出す世界の映像的なイメージは、実は思いのほか僕の中に深くまで浸み込んでいるらしい、と改めて思った。

ロック系で取り上げられたのは、ビーチボーイズ、ドアーズ、ライ・クーダー、R.E.M、シェリル・クロウ、ランディ・ニューマン、ブルース・スプリングスティーン…(ビートルズは著作権の関係で掲載できなかったらしい)で、いずれも大ヒット曲ではなく、個人的な歌がセレクトされている。ビーチボーイズやドアーズはいかにも彼の小説世界とも共通する、脆くて儚い夢みたいなものを思い起こさせるが、スプリングスティーンの長年のファンであることは、著作『意味がなければスイングはない』で取り上げられて初めて知った。クールで一歩引いた感じの村上春樹と、熱くアクチュアルなスプリングスティーンの非共通性に少し驚いたものの、スプリングスティーンが時に描き出す、癒されようにない深い悲しみ、その世界観の共通性は、よくわかる気がした。
この本で彼が選択した曲は、1982年に自宅でギター一本で録音されたアルバム『ネブラスカ』から“State Trooper”。それに倣って僕も『ネブラスカ』から一曲訳してみた。
ハイウェイや河原みたいな吹きっさらしの場所をゴゥ、と音を立てて風が吹きぬけるような深い悲しみと、それでも続いてゆく人生。それは確かに村上春樹テイストだ。


(拙訳:Reason to Believe)

ハイウェイの溝で横たわっている死んだ犬のそばで突っ立っている男を見かけた。
困ったような顔つきでその犬をつついていたんだ。
ハイウェイ31号線で、ドアを開けっ放しにしたまま、彼は突っ立っていた。
まるでそこにずっと立っていると、やがて犬が起き上がって走り出すかのように。

なんだかとても滑稽に思えてしまう。なんだかとても。
どんなに辛いことがあっても、その日の終わりには
人は生きる理由を見出そうとするものだっていうことが。

メリー・ルーはジョニーを愛していたし、それは紛れも無い真実だった。
「あなたのために毎日働いてお金稼いでるんだからね。」って彼女は言っていた。
ある日彼は出て行ってしまい、それからというもの彼女は
でこぼこ道の端に座ってジョニーが帰ってくるのをずっと待っている。

なんだかとても滑稽に思えてしまう。なんだかとても。
どんなに辛いことがあっても、その日の終わりには
人は生きる理由を見出そうとするものだっていうことが。

河で生まれた赤ん坊はカイル・ウィリアムと名づけられた。
河の水で洗礼を受け、小さなウィリアムの罪を洗い流す。
漆喰が塗り込められた小屋では、老人が天に召され
彼の体は墓に埋められ、人々は冥福を祈る。

どうか教えてください。どうか、その意味を。
どんなに辛いことがあっても、その日の終わりには
人は生きる理由を見出そうとするものだっていうことの。

川縁にたくさんの人々が集まっている。
神父が聖書を手に立ち、花婿が彼の花嫁を待っている。
会衆はやがて去り、しだれ柳のなびく中で日が沈んでゆく。
花婿は悠々と流れる川を見つめながら、彼女はどこへ行ってしまったのかと考えている。

どんなに辛いことがあっても、その日の終わりには
人は生きる理由を見出そうとするものだっていうこと。


スポンサーサイト



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://goldenblue67.blog106.fc2.com/tb.php/555-efce5c63

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

Profile

golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

Calendar

10 | 2021/11 | 12
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

Gallery

Monthly Archives