Diana Ross Motown Greatest Hits / Diana Ross 最も世界的な成功を収めた黒人女性歌手、ダイアナ・ロス。
デトロイトの自動車下請け工場に勤める父親、裕福な白人家庭でメイドとして働く母親、そんな典型的な中流以下の黒人家庭に育った彼女は、昼は高校でデザインを学び、夜はレストランでバイト、その稼ぎで週末には、モデル養成学校と美容教室に通い、陸上部で活躍し聖歌隊でも歌っていたというほど活動的だったという。
時代は裕福になり、黒人にも白人同様のアメリカン・ドリームを夢見ることが許され始めた頃。垣間見る白人の金持ちと自分の家庭のギャップ、父や母のような暮らしで終わりたくないという想い。夢に燃え野心を内に秘めた瞳を持つ一人の少女の姿をとてもクリアに想像することができる。
少女の頃に芽生えたそんな強い意志をくじけずに持ち続けた彼女は、数々のラッキーにも恵まれ、ほんとうにスーパースターの座にのし上がってしまった。1961年に高校の同級生3人組でモータウンと契約し、ちょうどモータウン・サウンドが夢と希望と恋を若さあふれるビートとわかりやすいメロディで表現してアメリカ中を席巻していったのと同期してスーパースターに駆け上がり、12曲もの全米№1ヒットを生み出し、ソロ・デビュー後も数々のヒットを放ったのだ。
スーパースターになったダイアナ・ロスを良く言う人はあまりいないようだ。1976年に映画に主演してコケ、時代とのギャップを感じて当時ヒップだったナイル・ロジャースにプロデュースを依頼してコケ、ライオネル・リッチーとの大袈裟なデュエットで息を吹き返した以降にモータウンを独立したものの、ディナーショー歌手に成り下がってしまった。そうやってビッグ・スターになっていく中で巨万の富を得たのだろうけれど、それとは引き換えに多くの輝かしきものが失われてしまったのだと思う。
1971年の“Ain't no mountain high enough”。
この頃のダイアナ・ロスの音楽には「世界のトップ」に恥じない凛とした輝きがある。
(拙訳:Ain't no mountain high enough)
「もし私が必要なら電話して。どこにいようと、どんなに遠くても、私の名前を呼んで。すぐに駆けつけるわ。本当よ。心配しないで。私の愛は生きているの、種のように、あなたの想いで育っていくの。心を打ち解けたいのなら、私に。あなたの深い愛への急行列車は止めようがないわ。でももしあなたが去ってゆくのなら、ある人が書いたこんな言葉があるの。」
風も吹かない 雨も降らない
冬は冷たい
もしあなたが私の最後にたどり着く場所なら
きっと私を止めることができる
風も吹かない 雨も降らない
冬は冷たい
もしあなたが行きたいのなら
わたしは止めることができるかしら
どんなことがあっても太陽は輝き続ける
でも思い出して
あなたが生きる力を見失いそうになったなら
人生はあなたをしっかり抱きしめていると思い出して
あなたにはいつも私がいる
それだけは確かなこと
もしあなたが淋しくなったなら
あの懐かしい日々のことを
抱きしめた腕や優しく触れ合ったくちびるの感触を
私が話したことを
思い出して
その一日があなたをきっと解き放つでしょう
乗り越えられない山はない
果てしなくどん底の谷はない
渡れない河はない
あなたが私を想い続けることに何の障害もないはずよ
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