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♪Silver Threads and Golden Needles / Linda Ronstadt

Hand Sown...Home Grown
Hand Sown...Home Grown / Linda Ronstadt


あなたの涙でいっぱいのマンションなんて要らないわ
私がほしいのはまばゆく輝く月の下で交わす愛の約束なの
やっぱりわたしもあなたの名声やお金に幸せを感じるべきだとあなたは思っているのでしょう
あなたが偽りのゲームをしている間、ほんとの心を隠して

銀の糸や金の針ではわたしの心を繕うなんてできないわ
あなたのぬるくなったワインなんかで酔いつぶれたりはしない
あなたのお金でわたしの愛は買えないわ
わたしはそんな女じゃないから
銀の糸や金の針ではわたしの心を繕うなんてできないの

 (Silver Threads and Golden Needles)



カントリー・ロックの歌姫、リンダ・ロンシュタット。
ソロ・アルバムのレコーディングで集まったメンバーを中心にイーグルスが結成されたのをはじめ、当時のカリフォリニアの名うてのミュージシャンたちのいかしたプレイが繰り広げられている。そんな演奏をバックに嬉々として歌うリンダ・ロンシュタットはとびきりチャーミングだった。それはまるで世界中が自分を愛してくれていることを信じきっているような、そんな素直で、危なっかしいくらいのチャーミングさだ。時代は1960年代後半。ハードロックやサイケデリック・ロックといった攻撃的で破壊的な音の嵐が吹き荒れていた時代にぽっかり咲いた可憐な花のような音楽。なんだかんだいっても結構音楽の好みは保守的な僕がもしあの時代に少年だったら、きっとリンダに夢中になったに違いない、なんて思ったりする。

けれど、残念ながら僕らの世代がリンダ・ロンシュタットを知ったのは80年代、30代も半ばを過ぎて、時代から取り残されたかつてのアイドルがなんとか再び過去の栄光を浴びようと濃いメイクで大人の女性へのイメチェンを図ろうとしつつしかもそれが全然マッチしていない、そんなリンダの姿だった。10代後半の少年にとって、彼女は過去に属する、ただの濃いメイクのおばさんでしかなかった。その後もジャズ・スタンダードやメキシコ歌謡やらいろんなものに挑戦しつつ、結局若き日の栄光が戻ることはないまま、半ば引退状態になっていったのだ。
先日、50代半ばのリンダが、エミルー・ハリスとデュエットしている映像を見た。残念ながらじゃじゃ馬っぽい健康的な面影はまるでなく、ぶくぶくに太って声の張りも失われていた。“銀の糸や金の針ではわたしの心を繕うなんてできないの”とやんちゃに歌っていた彼女は、どうしてそんなスピリットを見失ってしまったのだろう。世界中から愛されていると信じきっていたリンダを、世界は容赦なく裏切ったのだ。

チャーミングなリンダの話題とは馴染まないかもしれないが、ボクシングの亀田親子へのバッシングに僕は不快感を感じている。
亀田親子のしたことはアンフェアでとても支持も共感もできるものではない。けど、亀田親子のあのキャラクターを囃子たてあそこまで増長させたのは、マスメディアが作り上げた世間の支持だろう?ついこないだまではみんな彼らの態度を面白がっていたし、それで儲けた奴もたくさんいたはずだ。彼らの派手なパフォーマンスは、世間の期待に応えてのことだった。亀田親子が素直に謝罪できない腹の底にはそんな思いが垣間見える気がする。「おまえらも喜んでたじゃないか」、と。
さんざん調子に乗せて屋根裏に昇らせておいて簡単に梯子をはずすようなテレビ局。あそこまで掌返したような態度が取れるものなのか、とあきれてしまうし、なんだかイヤなものを見たようでとっても後味が悪い。もし彼らが今後立ち直ったとしたら、どうせそれはそれで美談に仕立て上げるんだろう?なんて思ったりもする。

なんにしても世間は他人の人生に責任を取らない。
あのリンダのチャーミングな笑顔は永遠に失われてしまった。
それは成功なんて思いもかけなかった少女が、いつの間にか成功にしがみついてしまっていたから。
おだてられたり、器以上の評価を受けている時は気をつけなきゃいけない。うっかり昇ると梯子をはずされる。



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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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