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♪1992年6月 フラッグスタッフ

フラッグスタッフの町はその日、しょぼしょぼと降る霧のような雨だった。

グランドキャニオンを見るために、僕はこの小さな町のユースホステルに宿をとった。
日本を出ておよそ二週間。
ゴールデンゲイト・ブリッジも見た。フィッシャーマンズ・ワーフで貝や海老を食べた。ハリウッドにも行った。サンタモニカで初めてボード・ウォークなるものの正体を知った。サンディエゴから歩いて国境を渡ってメキシコものぞいてみた。
だけど、それが一体何だというのだろう?僕はひとりで一体何をしているんだろう?ただ観光地を訪れて日がなうろうろしては移動しているだけの僕の行動に果たして何か意味などあるのだろうか?
雨の降る田舎町で曇った山影を見ながら、僕はそんな気分に落ち込んでしまっていたのだった。

グランドキャニオンは確かに雄大だった。
たくさんの観光客がいた。
みんな、コロラド川が作り上げた、世界でも稀な巨大な峡谷を見に来たのだ。
けど、グランドキャニオンは、みもふたもなく言ってしまえば、ただ大きな地割れがあって、たくさんの地層が姿を見せているだけの場所だった。
すでにテレビやなんかで何度も見たことのある景色でしかなかった。
楽しそうなカップルや家族連れ、或いは団体客に紛れて、僕はまた今までの二週間と同じように、ひとりぼっちでうろうろしただけだった。
日本を出ておよそ二週間。
今、なぜ自分がここにいるのかの意味を見失いかけていた。

その夜ユースホステルに帰った僕は、共同シャワーを使った後、2Fにあるロビーでソファに座ったまま、うとうと眠りに落ちてしまった。
実際のところずいぶん疲れが溜まっていたのだろう。
知らない場所に一人でいることは、すべての行動をそのときその場で一人で判断しなければならないということで、それは日常生活に比べて大きなエネルギーを必要とする。まして海外。その緊張の連続が疲れとなって日々積み重なっていたのだと思う。
どれくらい時間が経ったのだろうか、ふと音楽が聴こえてきて目を覚ました。
生演奏のやわらかなアコースティック・ギターの音。
明るいのにどこか哀しげな歌声のカントリーソングだった。
その音楽は階下にあるカフェから聞こえてきていた。
ソファに寝転がってしばらくの間、その音楽を聴いていた。
何となく、落ち込んだ気分でいることが馬鹿らしくなってきた。
なぜ、今自分はここにいて、何をしようとしているのか?いや、もうそんなことはどうでもいいじゃないか。そのことに意味があろうとなかろうと、僕は今ここにいる。目の前で起きることを見て、聴いて、感じる、それだけでじゅうぶんじゃないか。
そうだ、そういうことにしよう。
それよりも腹が減った。たまにはファストフード以外のものを食べなきゃ。
そして、僕は階下のカフェへ向かった。


GP
GP / Gram Parsons


雨の降る日にグラム・パーソンズを聴いていて、あの日のことを思い出した。
あのとき階下から聞こえてきていたのは、グラム・パーソンズみたいに、透明な明るさと哀しさをもった音楽だった。

Gram Parsons - She


今でもときどき、意味もなくテンションが高くなったり、エアポケットに落ち込むみたいに無気力になることがあるのだけれど、そんなときは実はたいてい疲れが溜まっているときだったりする。
気持ちの回転数とカラダの回転数は少しだけずれていて、ほっておくとバランスが狂ってしまう。時々調整が必要なのだ。
その調整方法は、ぐっすり眠って、おいしく飲んで、心をやわらかくほぐしておくこと。
心をやわらかくほぐす方法はいろいろあるけれど、さしあたっては心地のよい音楽を聴くのが効果大。




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コメント

[C512]

つき子さん、どうもです。
中原中也、学生の頃にずいぶん惹かれたものですが、もうすっかり忘れてしまっていました。
文庫本を探してきてパラパラめくってみたら、引っかかる場所が昔とちょっと違うのですね。
うーん、ますます、こういう文庫本でも持って一人旅したいなぁ、って気分になってしまいました。

[C510]

Okadaさん、こんばんは。
僕も今、無性に一人旅に憧れています(笑)。ぷらっと気の向くまま・・・なんてことはなかなかできそうもないのですが。
そう言われれば、どこかから聴こえてくる音楽に心を癒される、という経験も、もうこのところすっかりなくなってしまいました。やはりぷらっと出かけて、耳の垢や心の垢を落とすべきでしょうかね(笑)。

[C509]

私も旅の途中でいつも中原中也さんの詩が、「ああ、おまえは何をしに来たのだと吹きくる風が私にいう」、何回もこの問いかけが。たしか“故郷”という詩です。間違ってないか、今、文庫本を探しましたが見あたらなかったので、ちょっと間違ってたらごめんなさい。goldenblueさんの書かれていることはよくわかるんだけど・・・
  • 2011-06-06 10:50
  • つき子
  • URL
  • 編集

[C507]

一人旅って、ぼくは数えるくらいしかしたことがなくて、若い頃にもう少しやっとけばよかったかな?と思う今日この頃です。
ぼくも20年後くらいにふらりと一人旅に出掛けたいですね。
自分で音楽を用意していくのではなくて、どこからか聴こえてくる音楽に心癒されるなんて、とても素敵な瞬間ですよね。
その旅がお世辞にも良い旅とは言えなかったとしても、その音楽で全てを許してしまう様な、そんな気がします。

[C506] Re:

mono-monoさん、こんばんは。
>一人旅って自分の旅のやりかたを見つけるまでに時間が必要で、それが見つかってからが本当の旅になる気がします。
そうそう、そういうことなんですよね。自分なりの旅のやり方を見つけるまでに一度は必ず必ずここに陥ってしまう。で、これを超えてからが本当の旅って感じになるのです。心や体が旅仕様になる感じ。そこから先が旅の醍醐味なのに、一週間程度のツアーだとその段階に入るまでに帰っちゃうんで残念ですよね。僕も20年後かなぁ・・・そのときまで心も体も体力維持しておかなくては!

[C505] Re:

リュウさん、こんばんは。
そうなんですよ。偶然に流れてきた音楽に癒されて、自分がとても疲れていたことに気付くことがあります。自分でも気がつかないうちに頑張りすぎて無理を重ねてしまっているような時は、立ち止まって素敵な音楽に耳を傾けるのが一番です。

[C504]

一人旅って自分の旅のやりかたを見つけるまでに時間が必要で、それが見つかってからが本当の旅になる気がします。
最初は、自分に酔ってみたり、人目が妙に気になったり、観光地を巡ったり避けたり、日本人を探したり避けたり(笑)
少しばかり一人で旅してみて、自分は街が好きなんだなあ、人の生活を見るのが好きなんだなあ、と思いました。
市場、マーケット、スーパーとか大好きでした。

観光地に行っても、ガイドブックの写真と見比べて確認しているようでつまらなかったなあ。
誰かと一緒ならまた違うと思うのですが。
もう次に気ままな旅に行けるのは20年後かなあ(笑)

[C503]

お早うございます!
その感覚良くわかります♪

一瞬の名もなき音楽に耳を奪われ、
快復することあるんですよね・・。

ラジオだったり、BGMだったり・・。

音楽はやはり無くてはならないものですね!

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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