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♪The Rising / Bruce Springsteen

The Rising
The Rising / Bruce Springsteen


先月愛知県で起きた女性の強盗殺人事件。金目的で帰宅途中の女性を拉致、顔を見られたからと殺害し山林に遺棄、犯行グループの一人が「死刑になりたくない」と自首して発覚、犯行グループは携帯の闇サイトで知り合った男たちだった…。
あまりにも非道い事件だと思う。悪魔に牙をむかれたように単なる偶然で、しかも帰宅まであと少しというところで酷い殺され方をした女性の恐怖と無念さ、母親の怒りと悲しみ、翌日デートの場で待っていたという交際相手の呆然さを思うとき、一体どうしていいのかわからなくなる。犯人たちの行動の周到さと安易さのアンバランスさ、想像力の欠如、あまりもの身勝手さ。いろんな考察はあると思うけれど、新聞記事を読みながら僕は思わず「何が死刑になりたくないだ?相手が一人なら、自首すれば死刑にならないとでも思っているのか?こんな奴等は死刑にしてしまえ!」と口走っていた。
その週末、報道番組を見ていた。この事件を特集していた。締めくくりで元警察官のコメンテイターが「こんな犯罪は死刑にすべきです!」とコメントしたのを聞いて、僕はなんだかぞっとした。死刑にすべき、死刑にすべき、死刑にすべき…自分が思わず吐いたのと同じような感情のほとばしりがメディアで拡大される。テレビの前でたくさんの人たちがそうだと叫ぶ、或いは無言で頷く。こうやって憎悪が世論になっていく、その怖さを思った。
過去の判例だけで死刑か否かを判断すべきではないと思う。この事件に関して死刑という量刑は決して重過ぎるとは思わない。けれど、それが客観的事実と司法判断ではなく「感情論」で広がっていくことの怖さ。

例えばもうすぐやってくる9・11。自らの国土を初めて踏みにじられた国民の「感情論」が圧倒的な支持をしたアフガニスタンとイラクへの根拠なき暴力。あれから6年、テロリストは撲滅されてはいないどころか、ブッシュのやっていることはテロリストを養成するようなものだとしか思えない。あの衝撃的な映像と共に世界中に広がったイスラム・ゲリラへの、ひいてはイスラム教国家への憎悪。アフガニスタンやイラクで繰り広げられた戦争が奪った無数の市民の命、米軍を含めての失われた戦士の命。空爆だの重要施設への攻撃だのと言ってみたところで、被害者からすれば報復戦争以外の何者でもない、テロ撲滅のためのテロ。愛するものを奪われて残された者たちの「感情」がさざなみとなって次の報復の連鎖を生み出している。そんなこと誰もが気付いているはずなのに。

9・11の1年後に発表されたブルース・スプリングスティーンのアルバム[The Rising]には、9・11をモチーフにした数々の歌が収められている。それは闇雲な愛国賛歌や英雄賛歌ではなく、事件にまつわる人々の暮らしを、一人ひとりの視点で描き出している。「三千人の罪なき被害者」や「英雄のように立ち向かった消防士」や「イスラムゲリラのテロリスト」「戦地へ赴く若者」といった、カギ括弧付きの名称ではなく一人の人間が一人の人間として置かれた立場の描写。
加害者にも被害者にも自分と同じように愛する人がいてまた誰かに愛されているということを知ること、感じること。それ以外に平和な世の中へのスタート地点はないと思う。


(拙訳:You're Missing)

クローゼットにはシャツがあって、廊下には靴がある
キッチンにはお母さんがいて、赤ん坊がいて、
全部そのまんまそこにある
いないのはあなただけ

カウンターにはコーヒーカップがあって、椅子には上着がかかっている
玄関口に新聞が届いた
でもあなたはいない
全部そのまんまそこにある
いないのはあなただけ

ナイトスタンドの上には写真立て、今にはテレビがあって
あなたの家は待っている
あなたが入ってくるのを
いないのはあなただけ

灯りを消す時
目を閉じるとき
朝、太陽が昇る時
あなたがいないことをただ思い知らされる

子供たちが「だいじょうぶ?」って尋ねるの
今夜、私たちのところへ戻ってきてほしい

朝が来て、夜が来る
広すぎるベッド、電話が鳴り過ぎる
だいじょうぶ?みんなだいじょうぶ?
ええ、だいじょうぶ
いないのはあなただけ

神様は天国でさまよっていて
悪魔は郵便ポストに潜んでいる
靴の上にホコリが溜まり
ただ涙がこぼれ落ちる



[The Rising]の解説の中に、9・11の直後にハワードという人が語った、エイミー・ビール財団の話が載っている。
エイミー・ビールはネルソン・マンデラを尊敬し、大学卒業後南アフリカの民主選挙を支援するためボランティアとして一年間働いた。帰国の二日前、四人の黒人の若者の強盗にあい殺害された。求刑はわずか懲役18年。
その後、娘の理不尽な死にうちひしがれるエイミーの両親の元へ、犯人の一人の若者の母親が泣き崩れながらエイミーの母親に許しを乞うビデオが届いた。そのことがきっかけになり、エイミーの生と死が意味を持つために、この怒りと悲しみを乗り越えなければならない、また、事件を引き起こした社会的・文化的な背景を知らなければいけないと感じた両親は、やがて南アの貧困と差別をなくすためエイミー・ビール財団を設立し、恩赦で釈放されたその四人の殺人犯を最初に雇用したのだという。

「どうしてそんなことが可能なのだろうかと思った、言葉では理解できる、しかし自分の娘に同じことが起こったら彼らのように行動することは無理だ。しかし、今日の悲劇を目撃した後、僕はエイミーの両親が立っているのと同じ場所へ行かなければならないと感じた。」とハワードの言葉は締めくくられている。



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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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