そのとき、僕はメイシーズの前の公園で寝転んでいた。 夜遅くに出発するロサンゼルス行きのバスに乗るためだ。 わざわざ夜遅く出る便を選んだのには理由がある。車中泊でホテル代を浮かそう、ということだ。 つまり、僕は貧乏旅行者だった。 芝生の上で煙草を吸っていると(20年前、まだ煙草は往来で自由に吸えるものだったのだ。アメリカでさえ!)、にこやかな笑顔で小汚い男が近づいてきた。 “Hey,man!Give me a cigar,please!” アメリカに来て4日目。もうすでに幾度となく乞食に煙草をたかられていた。 またかよ、と思いながら、一本煙草を差し出す。 火をつけるなり男はこう言う。 “Oh,It's a cheap cigar!”
日本から持ってきたマイルドセブンはとうに底を尽きて、僕がそのとき吸っていたのは、近所のマーケットで買ったブランド名すらろくに記されていない安タバコだったのだ。 ひとにものをたかっておいてその上もらったものに文句を言うなんて!と思いながら、目の前の笑顔の男に対して腹を立てる気にはなぜかならなかった。 “You must buy MARLBORO,for me,HAHAHA!” そんなことをしゃあしゃあというそのホームレスらしき男と、芝生の上に敷いた新聞紙に座ってタバコを吸った。 日本人の女の子とつきあったことがあるとかなんとかほんとだか出任せだかわからないようなことをぐだぐだと語るその男のろれつの回らない話を、僕はただ頷いて聞いていた。 しばらくしてその男は、誰かに呼ばれて立ち上がった。公園の向こう側へ歩いていこうとして、振り返ってこんなことを言った。 “I give you the newspaper,it's too good for sleep,HAHAHA!”
Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。 “日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。 自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。
ふだんの生活を旅感覚にする。うーん、なるほど。なかなか難しそうですが、例えば沿線の降りたことのない駅で降りて一駅歩いてみるとか、いつも曲がる反対側へ曲がってみるとか、いつも正面玄関から入る店の裏口に回ってみるとか(笑)、見えているようで見えていないもの、角度を変えれば見えてくるものっていうのはきっとたくさんあるんでしょうね。わざわざ遠くへ出かけなくても、そんな心の小旅行を楽しめたらいいなぁ。