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♪1992年5月 サンフランシスコ

そのとき、僕はメイシーズの前の公園で寝転んでいた。
夜遅くに出発するロサンゼルス行きのバスに乗るためだ。
わざわざ夜遅く出る便を選んだのには理由がある。車中泊でホテル代を浮かそう、ということだ。
つまり、僕は貧乏旅行者だった。
芝生の上で煙草を吸っていると(20年前、まだ煙草は往来で自由に吸えるものだったのだ。アメリカでさえ!)、にこやかな笑顔で小汚い男が近づいてきた。
“Hey,man!Give me a cigar,please!”
アメリカに来て4日目。もうすでに幾度となく乞食に煙草をたかられていた。
またかよ、と思いながら、一本煙草を差し出す。
火をつけるなり男はこう言う。
“Oh,It's a cheap cigar!”

日本から持ってきたマイルドセブンはとうに底を尽きて、僕がそのとき吸っていたのは、近所のマーケットで買ったブランド名すらろくに記されていない安タバコだったのだ。
ひとにものをたかっておいてその上もらったものに文句を言うなんて!と思いながら、目の前の笑顔の男に対して腹を立てる気にはなぜかならなかった。
“You must buy MARLBORO,for me,HAHAHA!”
そんなことをしゃあしゃあというそのホームレスらしき男と、芝生の上に敷いた新聞紙に座ってタバコを吸った。
日本人の女の子とつきあったことがあるとかなんとかほんとだか出任せだかわからないようなことをぐだぐだと語るその男のろれつの回らない話を、僕はただ頷いて聞いていた。
しばらくしてその男は、誰かに呼ばれて立ち上がった。公園の向こう側へ歩いていこうとして、振り返ってこんなことを言った。
“I give you the newspaper,it's too good for sleep,HAHAHA!”

僕は日が暮れるまでそこにいて、それからその英字新聞を折りたたんでバッグに詰め、バス・ディーポへ歩いていった。
僕の旅はまだまだ始まったばっかりだった。

夜になって、ロサンゼルス行きのバスが出る。
頭の中で鳴り響いていたのは、例えばこんな曲だったと思う。

Little Feat “Easy to Slip”


セイリン・シューズ
Sailin' Shoes / Little Feat



24の時、会社をやめた。そしてアメリカ横断の旅に出た。
初めてのアメリカは、初めてなのになぜかとてもよく知っている場所のような気がした。
もう細部はすっかり忘れてしまったけれど。

沖縄の空気を吸ったせいか、あるいはまるで雨の中に住んでいるみたいなお天気に嫌気がさしたのか、どこか旅をしたくて仕方がない気分。
そういえば5月末から6月は僕にとっては旅の季節なのだ。
初めて海外旅行へ行った香港も、無職の頃に行ったアメリカやエジプト、トルコもこの季節だった。それは単にゴールデンウィークと夏休みまでのすき間で飛行機代が安くなる時期だったということなのだけど(笑)、とにかくこの季節は僕にとっては旅の季節、旅の思い出の季節なのだ。





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コメント

[C511]

つき子さん、こんばんは。
ふだんの生活を旅感覚にする。うーん、なるほど。なかなか難しそうですが、例えば沿線の降りたことのない駅で降りて一駅歩いてみるとか、いつも曲がる反対側へ曲がってみるとか、いつも正面玄関から入る店の裏口に回ってみるとか(笑)、見えているようで見えていないもの、角度を変えれば見えてくるものっていうのはきっとたくさんあるんでしょうね。わざわざ遠くへ出かけなくても、そんな心の小旅行を楽しめたらいいなぁ。

[C508]

私も一人旅、大好きです。一人じゃないと調子がでない、誰かと一緒だと窮屈でしかたない、リコンしたのもそういうことなのかしら、ハハハ。子供3人はまだ一緒ですけど。私もまた旅に出たくなっています。でも仕事もあり、家のこともあり、なかなか無理。だから、ふだんの生活を旅感覚にするには?
  • 2011-06-06 10:20
  • つき子
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[C502]

まりさん、こんばんは。
もらいタバコについては僕も技術を習得し、旅の後半ではずいぶんこちらから声をかけてはタバコをもらってうさんくさがられてました(笑)。かなりの率でいただけるので、けっこう楽しかったです。
一人旅はまぁ確かにきついこともたくさんありましたけど、山登りとかと同じで、きっとわざわざ「きついこと」をしに行ったんだと今は思います。

[C501] きままな一人旅って 実際は キツイんでしょうね。

昔のATGの映画のシーンみたいなヒトコマでしたね!
ホームレスの男性も その日暮らしに飽き飽きしもって生きているんでしょう。
楽しいことばかりじゃないけど見知らぬ土地の気楽さもいいですね!
  • 2011-06-01 22:28
  • まり
  • URL
  • 編集

[C500]

mono-monoさん、こんにちは。
そうですね、気ままな旅は若さの特権ですね。とても今からは行けそうにありません、精神的にも体力的にも(笑)。今振り返るとやはりよい経験でした。つきぬけたというか、肝がすわったというか、。
リクエストありがとうございます。実は最初からシリーズで書くつもりでした。世の中のことに触れるとどうも気分が重くなるので(苦笑)古い思い出に逃げこんでおくのです。
  • 2011-06-01 08:19
  • goldenblue
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  • 編集

[C499]

アメリカ横断かあ、いいなあ。
私がアメリカ横断することはないかもしれない、なんて思って読みました。
きままな旅は若者の特権ですね。
あるいは、富裕層の(笑)
私も多少はさすらっておいて良かったな、と思う今日この頃です。

私にもタバコを吸っていた時代があり、海外でタバコをねだられたことを思い出していました。
私はヨーロッパや東南アジアでねだられました。
日本ではそんなこと絶対ありませんよね。
あれもこれも思い出だなあ、なんて遠くを見てしまいます(笑)

アメリカ横断、シリーズ化のご検討をお願いいたします。

[C498]

非双子さん、こんばんは。
男はさすらいの夢をいつでも持っておきたいものです。
梅雨入りしちゃいましたが、ツーリングにうってつけの日が少しでもあるといいですね。
  • 2011-05-30 22:13
  • goldenblue
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[C497]

バイクを持ってると何故か彷徨いたくなりますね。
所有する事で満足してた時期が10年位有りました。
(子供が小さくツーリングに行けなかった)
車検から車検までの2年で走行数百kmのことも、、
最近はふらりと数百km走ってます、日常からの逃避です(笑い)
次のバイクが欲しい~
  • 2011-05-30 19:35
  • 非双子
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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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