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◇階段を下りていく勇気 / 山川健一 『死ぬな、生きろ。』

死ぬな、生きろ。―アイデンティティ・クライシス
死ぬな、生きろ。―アイデンティティ・クライシス/山川 健一

20世紀は科学の進歩の時代だった。世の中はただひたすらに、昨日よりも今日、今日よりも明日、と限りなく進歩してきた。いろんなことが便利になり豊かになった。それは多くの人々を重労働から解放し、飢えや病から解放し、人類の未来をどんどんと切り開いていったのだけれど、同時に世界はものすごいスピードで回転することを強いられるようになってしまったのだと思う。
例えば江戸時代なら一ヶ月かけて旅をしていた東京-大阪間をのぞみなら最短2時間25分。1964年に新幹線が東京-大阪間を4時間で開通してから40年で1時間30分の短縮。それを世間は進歩と呼ぶ。そして今もそのスピード開発は進められているようだ。
けれど、現実問題、東京-大阪間が3時間だろうと2時間だろうともはやどっちでもいい。たとえリニアモーターカーが開発されて東京-大阪間が30分で移動できたとしても、その短縮された時間は、例えば今までなら出張が終わった後はそのまま直帰できていたのに会社へ帰って別の仕事をする…今までなら明日でよかった出張報告を今日仕上げなければいけなくなる…そんな時間に費やされてしまうことを僕たちは知ってしまっているからだ。
進歩がすべて自分たちの暮らしをより良くするとは限らない。けれど、進歩することが良いことだ、昨日より今日・今日より明日がよりよいものであること、そのための努力を怠らないことは、まるで強迫観念のように僕らの心の中に刷り込まれている。僕らはそうやって高度経済成長時代の伝説とともに育てられてきた。

「死ぬな、生きろ。」…タイトルだけ見ればずいぶんと暑苦しくおせっかいなお説教が並んでいそうだが、これは山川健一氏自身が、2001年の9・11同時多発テロ以降変わってしまった世界の中で、生きていく希望を見出すための思考を重ねた著書だ。


この本の中に『階段を下りていく勇気』という言葉が幾度となく登場する。
僕らの人生は『階段を上ること』を、ある意味当たり前のように求められ続けている。
昨日の自分よりも今日の自分の方が優れている。今日の自分よりも明日の自分の方が優れていることは、自明のこととして求められてきた。上司の方が仕事ができて当然、先輩のクセに仕事のできないなんて情けない奴だ・・・と。
確かに、できなかったことができるようになることは大きな快感だ。目の前にある新しい景色を見るために一生懸命頑張る、その過程にこそ生きている充実感がある。それはそのとおりだ。
だから、ずっとずっとただ上り続けて新しい景色を見続けた果てに人生が終了することができるのならそんなに素晴らしいことはない。けれど、そんなことはできはしないないのだ。
階段を上ることだけが唯一の正しい価値観であれば、上りきれなかった人間は絶望するしかない。
若くして自ら命を絶った多くの人たちが、この先、生きていてもこれ以上の景色には出会えないと思ったのだろう。階段を上った果てがそんな絶望ではなんともやりきれないじゃないか。
だから、あえて「階段を下りる」ことを勇気を持って受け入れるべきなのだ。
勝ち組・負け組なんて言葉が一時期流行っていたけれど、そもそもそういう価値観での勝ち負けのレースから降りてしまうこと。それが「階段を下りる勇気」だと思う。
無理して階段を上り続ける必要はない。しんどくなったら降りればいいし、また上りたくなるまで休んでいればいい。世間的な勝ち負けではなく、自分の心で感じて自分の頭で考えて自分のモノサシで生きること。その結果として、明日が今日よりも前進していないかもしれないことを受け入れること。
山川氏は「自分が好きになれそうな街に住み、愛する音楽を聴き好きな本を読み、内面を刺激してくれるクルマに乗る。気の合う友人たちとの時間を大切にする。そのことによって、日々をなるべくハッピーに過ごす。それ以外に大切なことなんてない。」と言い切っている。
日々をなるべくハッピーに生きる。素敵な考え方だと思う。
ここでいうハッピーとは、物質的に恵まれた暮らしのことではない。精神的に充足した暮らし方。
今あるもので賄える暮らし方、今あるもので満足できる心の持ち方のことだ。
手に入れたいものを手に入れるために努力する。生まれてから今までずっと、それが正しい価値観として強いられてきたけれど、もう充分なのだ。肥大し続ける欲望を実現するためにあくせくするのはもういいだろう。全人類のそんな努力の結果として、地球が悲鳴をあげているのだから。



なんだか重たい文章になってしまったけれど、
この文章のBGMはローリング・ストーンズでお願いします。
Tumblin' Dice あたりをでっかい音で聴いて下さい。

Exile on Main St.
Exile on Main St./The Rolling Stones


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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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