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◇海図と航海日誌

海図と航海日誌 (SWITCH BOOKS) 

海図と航海日誌 /池澤 夏樹
このブログのタイトル「日々の糧と回心の契機」という言葉は、池澤夏樹が著書『海図と航海日誌』の中で、自らが本を読むという行為の意味づけとして語った言葉からの借用だ。
作家であるとともに、優れた書評家である池澤夏樹がこの本を上梓したのは1995年、50歳の時。自らの私生活のことをほとんど語らない池澤氏が、読んできた本を通じて文学を語る中で、自らの半生をうっすらと描き出した作品。池澤氏自身の言葉を借りれば「その航海が運んだ貨物を無視して海図と航海日誌の側面だけを振り返ってみた」もの。とはいっても、単なる読書感想文ではなく、独特の分析的かつ冷静な切り口で、言葉や文学の持つ意味が語られている。

池澤夏樹の書くものは、小説にしても評論や随筆にしても、ひとつの事象に対して表層的ではなく、上下左右からぐるりと見渡して冷静な解析が行なわれた結果としての重層的なものの見方が常にある。科学者が、手に入れた未知の物質を丁寧に眺め、大きさを測ったり触ったり叩いたり皮をはいだり顕微鏡で覗いたりしながらその物質の本質を見極めようとするみたいに。そう書くとなんだかとても理屈っぽい文章のようだが、その眼差しには根本のところで、自分を取り巻く世界への優しい眼差しがあり、その世界に対して知的冒険を試みる少年のような好奇心や探究心があり、世界に対する畏敬や尊敬の念がある。そんな世界観に裏打ちされた上での明晰さが読んでいて心地よいのだ。

池澤氏はこの本の中で、本を読むことを「本の中身を自分の中に移している」と定義し、そのことで移された中身は何らかの効果を及ぼし、その本を読む前と読んだ後では違う人格である、と述べている。ずいぶん大袈裟な物言いではあるけれど、どんなつまらない内容であれ読む前と読んだ後では自分の中に蓄えられた情報量は異なる、ということは確かだ。電化製品の取り扱い説明書を読んで取り扱い方の知識を新たに得ることでその情報を得た人生と得なかった人生は瑣末ながら確かに明らかに違うのだ。そして、そんな情報の中には、人生観をも揺るがすようなこともごく稀に含まれていたりする。つまり、この本とであったことがきっかけで人生の方向が変わった、というようなきっかけとしての本。
だからといって人は人生を変えるために本を読むわけではなく、むしろ代謝-肉体が空気や食物といった外部のものを取り入れて吸収して自身を維持しているように-精神も同様の代謝を必要としている、呼吸や食事のように人は外界からの情報を得ることで自身を維持している、という理屈。
それが“日々の糧と回心の契機”という言葉の意味。
これはもちろん本だけではなく、音楽や映画やその他の表現や、人との出会いや会話や、仕事やその他のいろんな経験を通じての心が揺れ動くようなことにも同じ表現が当てはまる。

なんだかんだで40年。この先どれくらい生きて何が起きるのかはもちろんわからないけれど、自分にとっての“日々の糧”や“回心の契機”となるものをちゃんと抱えておくことが、その中身を濃くも薄くもするし、いざというときに後悔しない判断の大事な材料になるのだろう、という気がしているのです。
池澤氏のように、世界に対する優しい眼差しを持ちつつ、偏狭でない視野で物事を見渡し、すすむべきときには勇気を持って決断して行動できる、そんなふうでありたいと願いつつ。
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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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