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◇夏の祈り

この世界のぜんぶ
この世界のぜんぶ/池澤 夏樹

池澤夏樹「この世界のぜんぶ」所収
 『深夜の電話』

二歳の子供は寝相がわるい
ふとんの上を一晩中
あっちへこっちへ動き回っている

午前三時
たまたまその足の裏が
こちらの耳に押し当てられる
受話器のように

もしもし?もしもし?
返事はない
でも 小さな足の奥から
ケラケラと笑う子供たちの声と
水を蹴って走る足音が聞こえる
海の風の匂いがする

あちら側は晴れ
群青の空と
純白の積乱雲


子供はほんとうに寝相が悪い。だが、僕も結構負けてはいないらしい。
かくて、家の中で一番風の通る場所を奪い合うことになり、それ故、子供の足が受話器のように僕の耳に押し付けられることになる。その受話器からは確かに、ケラケラと笑う声が聴こえくるのです。
夕立のあとの心地よい風、蝉は鳴き止んでいる。
彼女の中で、今年の夏は、どんなふうに記憶に残っていくのだろう。

平和の祭典であるオリンピックが国家権力の厳戒の下に始まった日に、南オセチアの空の下では爆弾がたくさん降ったらしい。63年前に新型爆弾を落とされた街からの祈りと誓いの宣言には“Humble,but not Hopeless-微力だけれど、無力じゃない”とあった。
足の裏の受話器から聞こえてくる夏休みの想い出のような、そんなささやかな幸せを守るために、僕らにできることはどんなことなんだろう。うかうかしてたら、そんなささやかな幸せを守るためにこそ戦うのです、などという威勢のいい、一見正論のような暴論にまきこまれてしまうのだとしたら。

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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