この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。 世界はきみを入れる容器ではない。 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。 世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。 でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、ひとつの世界がある。 きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。 きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。 大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。 たとえば、星を見るとかして。 二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのはずっと楽になる。 心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。 水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。 星を正しく見るのはむつかしいが、上手になればそれだけの効果があがるだろう。 星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。 (池澤夏樹『スティル・ライフ』より) スティル・ライフ / 池澤 夏樹 しばらくとんでもなく多忙で、帰宅してパソコンを開く気力もないまま眠ってしまうような日々が続いているうちに、すっかり誕生日も過ぎてしまった。
今さらめでたいと素直にはしゃいで喜ぶ歳でもないがやはり誕生日は特別な日、誕生日くらいは生きていることの意味のようなものに思いをめぐらせておきたいと思いつつ、多忙さに心を失ってしまっていた。
これではいけない。
心を取り戻さなくては。
池澤夏樹の『スティル・ライフ』は、折にふれては読みたくなるとても大好きな本。
引用したこの物語の冒頭部分を初めて読んだ時、何か心のかさぶたのようなものがポロッと剥がれたような気持ちになったのをよく覚えている。あぁ、そうだった。こんなふうに日々生活していくべきなんだ、と心が軽くなった気がしたのだ。
大事なのは、二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのはずっと楽になる。
星を見たりせせらぎの音を聞いたりするのと同じように、本を読んだり音楽を聴いたり、あるいはおしゃべりしたり何か書いてみたりお酒を飲んだりおいしいものを食べたりすることは、この二つの世界の調和のためにとても大切なことなんだと思う。
まだまだ忙しい日々は続く。
心を失わないように。
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そうですね。健康が一番。そのためにも、二つの世界のバランスをうまくとりたいと思います。
空を見るのもいいですね。職場の喫煙コーナーは非常階段のある屋外なので、よくタバコを吸いながら空を見ています。