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◇大事なのは、二つの世界の呼応と調和をはかることだ。

この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。
世界はきみを入れる容器ではない。
世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。
世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。

でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、ひとつの世界がある。
きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。
きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
たとえば、星を見るとかして。

二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのはずっと楽になる。
心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。
水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。
星を正しく見るのはむつかしいが、上手になればそれだけの効果があがるだろう。
星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。
    (池澤夏樹『スティル・ライフ』より)

スティル・ライフ (中公文庫)
スティル・ライフ / 池澤 夏樹


しばらくとんでもなく多忙で、帰宅してパソコンを開く気力もないまま眠ってしまうような日々が続いているうちに、すっかり誕生日も過ぎてしまった。
今さらめでたいと素直にはしゃいで喜ぶ歳でもないがやはり誕生日は特別な日、誕生日くらいは生きていることの意味のようなものに思いをめぐらせておきたいと思いつつ、多忙さに心を失ってしまっていた。
これではいけない。
心を取り戻さなくては。

池澤夏樹の『スティル・ライフ』は、折にふれては読みたくなるとても大好きな本。
引用したこの物語の冒頭部分を初めて読んだ時、何か心のかさぶたのようなものがポロッと剥がれたような気持ちになったのをよく覚えている。あぁ、そうだった。こんなふうに日々生活していくべきなんだ、と心が軽くなった気がしたのだ。
大事なのは、二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのはずっと楽になる。
星を見たりせせらぎの音を聞いたりするのと同じように、本を読んだり音楽を聴いたり、あるいはおしゃべりしたり何か書いてみたりお酒を飲んだりおいしいものを食べたりすることは、この二つの世界の調和のためにとても大切なことなんだと思う。

まだまだ忙しい日々は続く。
心を失わないように。




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コメント

[C379] Re:

非双子さん、こんばんは。
そうですね。健康が一番。そのためにも、二つの世界のバランスをうまくとりたいと思います。
空を見るのもいいですね。職場の喫煙コーナーは非常階段のある屋外なので、よくタバコを吸いながら空を見ています。

[C378] Re:

mono-monoさん、こんばんは。
雪のシーンも印象的ですね。チェレンコフ光や染色の解説、ハトの観察のシーンみたいに、科学的な物事の見方を持ちつつとても文学的な表現ができる人はそれまで見当たらなかったのでとても新鮮だったのを覚えています。23,4の頃だったかな。
「夏の朝の成層圏」も「マシアス・ギリの失脚」も楽しめましたが、やっぱり「スティル・ライフ」は少し特別な感じです。

[C377]

「二つの世界の境界」”私”と”公”
私はしょっちゅう「空」を見ます、いわば現実逃避。
雲や星、気候による青色が見ている瞬間にも変化します。
なんせ田舎に住んでますから、、、

40代は体や心の変わり目なんで厄年を創ったんでしょうね。
無理せず逃げてもいいんです、健康が一番!
早く悟って50代においでくだされ(笑)
  • 2011-03-06 21:18
  • 非双子
  • URL
  • 編集

[C376]

池澤夏樹は、私が一番熱心に本を読んでいた大学生の頃にたくさん読んだ大好きな作家です。
個人的には「マシアスギリの失脚」が一番かな。
「ハワイイ紀行」も、あの本がなければハワイイに行くことは無かったでしょう。
最後に彼の作品を読んで随分経ちます。
いつだったかも思い出せません。

この記事を読んで「スティルライフ」の冒頭部分は比較的はっきり覚えていることに気付きました。
つまりそれだけ響いていたということでしょう。
雪が降る度に、雪の降ってくるあのシーンが頭に浮かびます。
あそこははっきり自覚的に大好きなんです。

実はさっき古本屋で「夏の朝の成層圏」見かけたんですよ。
買えば良かった(笑)

「二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのはずっと楽になる」
メモしておこう。

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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