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◇もみあげはどういたしましょうか?

その日は夕方にのっぴきならない業務があった故、少し遅くに出勤することになっていたにもかかわらずあっさりいつもどおりに目が覚めてしまってすっかり困ってしまった。というのも根本が不精な私は、起床後一時間以内に外出をしなければ頭も体も「おぉ、今日は休日だ」と勝手に休みモードに入ってしまいそうなれば出勤する折にはもはや「めんどくせーやってらんねー」「休みなんじゃねーのかよぉー」とすっかりぐうたらになってしまった頭と体が反乱軍を結成して決起するのである。これはいかん、目が覚めてしまった以上はとにもかくにも外出しなければならぬ、おぉそうだ、そういえば髪がずいぶん伸びてしまっている、床屋へ向かうのが妙案ではないかと思い立ち、朝一番で床屋へ向かうことにした。

思い起こせば幼き頃、床屋というのはおそろしく珍奇な場所であった。
さわやかな早朝であれ夕方遅くであれ場末の匂いのする演歌の有線が鳴り響いていて、やにくさい息を吐くパンチパーマのおっさんがはさみをちゃきちゃき言わせながら耳元で勉強がどうだの親孝行がどうだの近頃の子どもはだのぼやぼやいう話をいちいち子どもらしく振舞って聞いてやらねばならず子ども心にもそれはそれはたいそう疲れる場所であった。
そこへいくとどうであろうか、近頃の床屋はずいぶんパリッとしている。パンチパーマのおっさんはおらず、流れている有線もJ-ポップである。客の心象を無視してべらべらしゃべる理容師もずいぶん減ったのではあるまいか。よし、時代は我輩に向いている。お、いつの間にか一人称が我輩になっているがまぁよいではないか。そう意を決して床屋へ入る。いや、意を決さなければ床屋へ入れないのは我輩の意気地の無さ故のことであり、床屋の方としては何ら意を決することもなく至極当然の如く我輩は椅子に腰を掛けさせられ首から下を白い布で覆われ「本日はいかように」という理容師の言葉にも「短めに」という最小限の単語のみで切り抜け、よし、順調に何事も無く首尾よく散髪を終えることができそうではないかとほくそえみつつ理容師の手さばきも順調にはかどっていると思っていたそのときのことであった。

「もみあげはどういたしましょうか?」
理容師はそう言ったのである。
「もみあげはどういたしましょうか?」とは一体いか様なことを意味するのか?
どうするといっても、もみあげというのは普通一般的にごく一般的なものでしかなく、殊更特殊なもみあげといえば例えばエルヴィス・プレスリーや尾崎紀世彦のアレだがそれではプレスリーのようにしてくれ給えといってもいきなりもみあげがもぞもぞと生えてくるわけでもなく、そうか、プレスリーのようなもみあげにしようと伸ばしている途中なのであれば切りませんよという意味なのかとも思ったが、しかし見た目にもごく普通の勤め人の風体である我輩がなぜエルヴィス・プレスリー風のもみあげにしようと企まなければならないのか、至極真っ当に日常勤務している我輩がいきなりもみあげを伸ばしプレスリー風にしたとすれば会社はどのような対応をするのだろうか、上司に別室へ呼びつけられなぜかようなもみあげにしたのかと詰問されたならば一体どう返事すればよいのか、理容師にそそのかされたのだ、私は無実だと言った所で通用すまい。折角日々地道に業務をしているというのに理容師の魔の囁きに乗ってしまったばかりに我が人生は底辺へと押し沈められてしまうことになってしまうのか。何ゆえこの理容師はそうやって人の人生に介入しようとしてくるのかと不審に思いつつおそるおそる「どう、といいますと?」と切り返してみた。するとその理容師はさも当然のようにこう言ったのである。
「普通か、テクノか。」
はぁ。テクノ。
テクノってなんやねん。笑ろたらほっぺたにぽこっとできる奴か、ってそれはエクボやろがーってだいたいそれクしかおおてへんやんけー、ってなくだらぬボケ突っ込みはともかくとしてもテクノっていうのはナンだ、それはつまりアレか、DEVOやらイエロー・マジック・オーケストラやらのアレだな、しかしそれともみあげとどう関係があるのだ、或いは先日JAPANのミック・カーンが逝去されたことと何らか関連があるのか、いやJAPANはニューウェーヴであれどテクノではない、いかに聴衆がかぶっておったとしてもそれは別個のものではないのか、などと疑問に思ったそのときに私の脳裏にぼこっと湧き出たのはクラフトワークの「人間解体」のレコードジャケットであって、それはつまりアレのことだ、あのもみあげの形にするのかせぬのかとこの理容師は問うているのだということにと思い至りはしたものの、何故我輩がまだ精通すらしていないほどの昔に流行した音楽のことなどを持ち出そうとするのか、見るからに我輩よりも15は若そうなこの理容師が何故クラフトワークなどを知っておるのか、いかについ最近イエロー・マジック・オーケストラの連中どもがG社のPなる製品の宣伝に出ておったからといえども世を上げてのテクノ・リヴァイバルが到来しておるとも到底思えず、もしやテクノという言葉は音楽業界ではとうの昔に廃れてしまっているのにこの理容業界に於いては特殊なもみあげのカット方法の一形態として生き残っているということなのだろうか、語源の元になったものが廃れてしまっても言葉そのものは残るということは国語業界に於いては多々あるケースではあるが、まさかテクノという言葉がもみあげの一形態として後世に伝えられようとはクラウス・ノミもジョン・フォックスも想像だにしなかったに違いあるまい。まさに言葉とは不思議なものよのうと感慨に耽りつつ、それにしてもこの理容師はテクノなるもみあげを一体世間で見たことがあるのかないのかそもそも誰がそんなもみあげにしとんねんそんなもみあげ今時オードリーの春日以外見た事ないわ、どうせあれやな、10年も前に理容学校なりでもみあげを切る時には普通かテクノかを尋ねよと紋切り型に教わったことを自ら何の疑問を持ちえることすらなくただ惰性的に慣習として発しておるに違いないわいな。まったくもって愚かであるとしか言いようがない。若者がこのようなことでは我が国の将来はどうなるのであろうか嘆かわしきことよのう、これでは到底日本の明るい未来はおぼつきもせぬわ、などと思いをめぐらせこの理容師を説諭せねばと思ったもののおそらくわけのわからぬおっさんの戯言であると一蹴されるに違いないことを悟って、こう言葉を発したのであった。
「普通でお願いします。」

その後も理容師は、「眉毛の下の毛は剃っていいか」だの「耳の毛はどうするか」だの「仕上げに整髪料をおつけしてもよろしいでしょうか」だの不可解な質問を藪から棒に繰り返し私はその都度その不可解な言葉の意味を逡巡せねばならず、やはり床屋というものは非常に疲れるものであると思い知って、仕事場へは向かわずに帰って屁をこいて寝た。
というような脳みそが吹きこぼれたような意味不明な文章を書いてしまったのはすなわち町田康的思考方法はわりと単純に伝染しやすいということであって、これに伝染することはまともな社会生活を営んでいくに於いては甚だ害あって利なしといわざるを得ないのでじゅうぶんに留意すべし、と諸君には忠告しておく。


おっさんは世界の奴隷か―テースト・オブ・苦虫〈6〉
おっさんは世界の奴隷か―テースト・オブ・苦虫〈6 / 町田 康

このところ本に関する記事を書いていない、とはたと気付いた。
本を読んでいないわけではない。むしろ読みすぎるとずっぽりはまりすぎて思考がノック・アウトされてしまって自分なりに何か書こうにも言葉が出てこなかったりするもので。
その上、年末からこのところずっとはまっているひとつが、町田康の「テースト・オブ・苦虫」のシリーズだったりして、このなんともただならぬおかしさと奥深さ、そして個人的にはとても共感してしまうこの偏屈さは、しかしながら一般的に受け入れられるや否やかなり微妙であるが故にどんど引き込まれてしまう自分に少々困惑もしているという次第。
その昔、町田氏がまだ町蔵と名乗って演奏していたINUというバンドのアルバムは中学生の僕には刺激的過ぎてじゅうぶん理解することができなかったけれど、この人の言語感覚はその頃とまったく変わってはいない。
非生産的でだらだらとした思い付きの羅列の中にときたま人生の真実を垣間見る。
ただ今、全8巻読破に挑戦中。
しかし、こんなことをしていては出世は到底おぼつかない(苦)。



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コメント

[C332] Re:

mono-mono さん、こんばんは。
そうなんですよねぇ、細かく注文つけるのって恥ずかしいですよね。自意識過剰っぽくて。さりげなく客のニーズをくみとってほしいですよね。そういう、まさにかゆいところに手が届くような理想の床屋、出会いたいですねぇ。

[C331] Re:

LA MOSCAさん、毎度です。
僕は町蔵氏のアルバムは「メシ喰うな!」以外ほとんどまともに聴いた事ないのですが、今すっかり脳みそ町蔵化しているので、けっこうはまるかも知れません。

もみあげ?眉の下?ホンマ勝手にしろって感じですよね。プロのサービス業なら、客がどんな人間か読め、って。どう考えてもテクノにしそうにない人間に紋切り型で平気で尋ねて恥ずかしくない、その仕事への姿勢がなっとらん!というのがムカつきの原因なのですよ。
脳みそが町蔵化している今、一個些細なムカつく種があれば、いくらでも町蔵節が書けそうです(笑)。

[C330] Re:

ミモザさん、こんばんは。
今でも普通にテクノで通用してしまう散髪屋、ってのは逆に微笑ましくていいですよね。
安いだけがとりえのやる気のないチェーン店なんていくからこういう目に遭うのかもしれません。今度はちょっとタイムストッパーな床屋さんを探していってみようかな。

[C329] Re:

非双子さん、こんばんは。
散髪ってほんとめんどうですよね。時々、髪なんて伸びなきゃいいのにと思います。世間話も苦手。中学になってすぐの時に子ども料金で散髪してもらおうと「6年生」と答えたら、散髪屋のおっさんに「うちの子も6年や。Aくんは知ってるか?B先生はどうや?」と散々訊かれ話をごまかすのに苦労したことがありました(笑)。
対抗手段として僕は、一回いったら思いっきり短くしてもらうようにしています。できるだけ一生の間の総床屋訪問回数を減らすためです。


[C328] Re:

hiyohiyoさん、コメントありがとうございます。
勢いで脳みそ垂れ流しのような文章を書いてしまいましたが、ウケたようなので満足しています(笑)。
Wikipediaによると“テクノカットは、もみあげを鋭角に剃り整え、襟足を刈り上げた髪型である。1980年代に流行した。Y.M.O.がしていたことから「テクノカット」と、呼ばれ、一世を風靡した。”とのことです。
ちなみに僕は、一度もこのもみあげにしたことはありません。身の回りで今こんなもみあげにしている人も見たことありません(笑)。

[C327] Re:

shinさん、お褒め頂きありがとうございます。いや、どこをどうしたってカンペキに褒め言葉ですよ(笑)。とても嬉しいです。
町田康を読むときは、よほど注意しておかないと町田節が伝染ります。
放置すると、町田康的思考方法や町田康的行動様式も伝染ります。
そのうち午前中から時代劇観て、昼酒を飲むようになってしまったらどうしようか(冷汗…)。


[C326]

髪を切ってもらうのは苦手です。
細かく注文つけるのは恥ずかしいし、何も言わないで変に切られてもなんだし、話しかけられてもなんだし、じっと黙ってるのもなんだし。
妙に気疲れしてしまいます。
やっと出会った理想的な美容師さんは昨年交通事故ではさみを握れなくなって廃業してしまいました(涙)
それ以来また美容室難民になっています。

しかし、テクノって聞かれたことはないなあ(笑)

[C325] アハハ!

途中まで町蔵の引用かと思って読んでました。
それにしては長いな、と(笑)
彼の本を読まなくなって久しいですが相変わらずみたいですね。
あっ、そういえば去年、久々に出たアルバムも相変わらずでした。
勿論、いい意味で。

俺も日曜に床屋に行ってまんまなカンジでした。
もみあげ?眉の下?
勝手にしろよ!ってカンジですよね?(笑)

[C324]

僕の住む街の床屋さんでは、たぶん今でもテクノで通じますね。

僕は坊主頭ですが、もみあげは普通でお願いしてます^^

[C323]

床屋はキライだ。
金を払って、気を使って話を合わせて・・・・短くても1時間。
混んでる時でも「あと一人だから、30分待ってて」嘘つき!
結果的には半日かかったりして、、、


数年前から自分で切ってます、息子で練習しましたので。
ストレスは無いけど、タマにお風呂の排水口が詰まります(笑)
  • 2011-01-11 20:39
  • 非双子
  • URL
  • 編集

[C322] 笑ってしまいました!

こんばんは。
コメントするのは初めてかもです。
もみあげに「テクノ」ってあるんですね(笑)
クラウス・ノミ にくふふふと笑ってしまいました。

ちなみに私は髪の量が多いので、
サイドを刈り上げにして上からかぶせるという
秘かなパンク魂を持った髪型をしております(笑)
(あ、一見は普通のショートカットです)

[C321]

わーgolden blueさんって町田康みたい!って抱腹絶倒涙流しながら読んでたら、まんま町田康だった(笑)
「テースト・オブ・苦虫」は2巻までしか読んでないけど最高よね。
偏屈でどーでもいいようなことにやたら拘って。
ん?golden blueさんに似てるかも?
あ、これ褒め言葉ですよー(笑)

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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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