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◇チェ・ゲバラのロック・スピリット!

チェ・ゲバラの遥かな旅 (集英社文庫)
チェ・ゲバラの遥かな旅   /  戸井 十月

「旅に出たいな・・・。」
ひとくさり愚痴をこぼしたあとで、アルベルトは、遠い目をして呟いた。」
「どこへ?」
ゲバラが訊くと、アルベルトは少し苛ついた様な調子で答えた・
「どこでもいいいんだよ。ともかく、ここから出て広い世界へ行きたいんだ。
こんなところにいたら窒息しちまうよ。」
1951年10月。
23歳の医大生だったゲバラは、年上の親友アルベルトと、情熱に突き動かされるように、バイクで南米縦断の旅に出る。そこで目にしたラテン・アメリカの現実-独裁者による圧政と、その向こうにある帝国主義という名の収奪機構-が、やがてゲバラを革命への情熱へ駆り立ててゆく。

1989年6月。
就職したての僕は、馴染まないユニフォームに身を包みながら、スーパーマーケットからスーパーマーケットへとトラックで移動するばかりの毎日を過ごしていた。
ふと手に取った新聞の見出しにあった天安門事件。そこには、自由を求めて立ち上がった学生たちのデモ隊が戦車に踏み潰される写真が映し出されていた。隣の国では、同じ世代の学生たちが社会正義の実現のために命を懸けているっていうのに、僕はどうせ返品になってゴミ箱へ捨てられるだけのパンをただ運び歩いている…。
正直、中国の学生たちが羨ましかった。僕も自由を叫びながら戦車隊の列に飛び込んで天安門広場の染みになってしまいたい、と思った。イデオロギーや思想なんてどうでもよかった。ただ本当に自分が心の底から命を懸けて戦えるものがある幸せを思った。

この本に登場するフィデル・カストロのゲリラたちが、民衆を味方にし、農民をまき込んで革命軍を組織していく過程にはワクワクする。それは、彼等がどんな苦境ですら楽しんでいるかとさえ思えるくらい、無邪気に能天気にただ己の信じるものを信じて行動していく様が誰の目から見ても魅力的だったからだと思う。どうせ収奪されるばかりのつまらん一生を送るくらいなら、こいつらに賭けてみたっていいと思えるような。僕があの時代にキューバに生まれフィデル・カストロやチェ・ゲバラのような人物に出会っていたとしたら、間違いなく革命軍の隊列に紛れ込んでいたのだろう、と思う。
そこには、僕らが憧れてきたロックンロールのスピリットに共通する“底知れぬ絶望の果てに噴出したマグマのようなとんでもないエネルギーを持った底知れぬポジティヴさ”が、確かにあったのだと思う。

1959年。
革命を成功させたゲバラは、目の前の敵であるアメリカのみならず、アメリカの裏庭に手を伸ばそうと企てるソ連に対しても決して臆することなく対等に交渉を行った。追い込まれても圧力に屈することなく、自分たちの国の考え方を発信し続けた。そのことが、後にソ連と手を組んでも革命を完遂させたいカストロとの間にギャップを生んだのかも知れない。自国民を食わしていかなきゃいけないカストロと、よそ者で自分が一番熱いことを追い求めようとするゲバラ。この辺りの構図は、まるでトム・ソーヤとハックルベリィ・フィン、或いはミックとキース、ポールとジョンみたいだと思ったりする。

1965年。
ゲバラは国の要職をすべて辞して、世界へ革命を広げるための準備に取り掛かる。カストロに出会う前から思い描いていた、祖国アルゼンチンを含む、ラテン・アメリカ解放の戦い。
しかし、アフリカ・コンゴ、そしてボリビアでの革命運動は失敗し、ゲバラはアンデス山中で政府軍の兵士に捕らえられ、処刑される。

2008年7月。
“オマエの胸の中のロック・スピリットは死んでいないか?”
“オマエはやりたいことを本当に楽しんでやっているのか?”
“オマエは本当に一番大切なもののために命を懸ける事ができるのか?”

そんなことをゲバラにつきつけられたような気がした僕は、何もかもを捨ててもっともっと熱い場所へ旅立ってしまいたい、という欲望がむくむくと心の底で湧き上がってくるのを感じて、少し慌てた。


コンバット・ロック   Bush Doctor   シャローム・サラーム

Combat Rock/The Clash
Bush Doctor/Peter Tosh
シャローム・サラーム/ソウル・フラワー・ユニオン


レゲエやサルサを、ロックンロールやパンクと同列の抵抗の音楽として吸収し、チリやニカラグアで起きた左翼革命にシンパシイを表明したクラッシュのジョー・ストラマー。
カリスマになってしまったボブ・マーリィと袂を分かち、キングストンのゲットーの中から急進的なメッセージを発信し続けた元ウェイラーズのピーター・トッシュ。
ソウル、ファンク、パンクに留まらず、沖縄やアイヌの民謡、古い労働歌や革命歌までもをミクスチャーして民衆の解放の歌を歌い続ける、ソウル・フラワー・ユニオン、中川敬。

もしゲバラが生きていたら、自ら彼等にコンタクトを取ったのではないだろうか、なんて思ったりする。
或いはゲバラが1970年代のロンドンで、或いはキングストンのゲットーで青年期を迎えていたとしたら、間違いなく彼らと同様にギターを手にとって歌っていたのではないか、と。



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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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