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◇読む避暑  とるにたらないものもの / 江國香織

とるにたらないものもの
とるにたらないものもの/江國 香織


今日も暑い。表へ出る気もしない。
こんな日は家でゴロゴロしているに限るが、もはやテレビですらうっとおしい。
24時間テレビは相変わらずバカ騒ぎとお涙頂戴でうんざりしてしまうし、ニュースの時間になれば民主党のごたごたの政争劇ばかりでとてもうんざり。国民目線ゼロを見事に証明してしまったツケは大きいだろうな、どちらが選挙に勝ったとしても最終的にはどちらも勝者にならないなんて皮肉なことだ。
そんなことよりも、休日。ココロからくつろぎたい。
テレビを消してごろごろしながら読んでいたのは、江國香織さんのエッセイ集“とるにたらないものもの”。
書かれている内容の一つ一つは、それなりの年齢の女性の暮らしの中から湧き上がってくる、まさに“とるにたらないものもの”に関する内容で、共感できるものもあればなんとも理解しがたいこともあれば様々、彼女の小説もいくらかトライしては見たもののあまりにもおんなおんなしすぎていて男性としては微妙な距離感を感じてしまうものであって、だからとりたてて江國香織さんそのものを好きというわけでもない。しかし、彼女のエッセイは読んでいてとても心地よいのだ。
読み終わった後になんだかすぅっと涼しい風が吹いて、ココロがふわっと軽くなる。
せいぜい800字から1000字くらいの短い文章の中で見事に展開してゆく事の成り行き、心の動き、リズム、清潔な言葉の選び方、簡潔な文体、漂う芳しさ。そのひとつひとつがとても美しく、その快い味わいを慈しみたくなる。


 「私は臆病な子供だったので、迷子になった記憶がない。いつも大人の手なり服の裾なりを、しっかり握り締めていたからだ。その後勇敢な大人になったので、いまは終始迷子になっている。」

 「ケーキ、という言葉には、実物のケーキ以上の何かがある。私はその何かが好きだ。ケーキ、という言葉に人が見るもの。それはたぶん実物のケーキよりずっとずっと特別だ。ケーキがあるわよ、とか、一緒にケーキでも食べない、とか言われた時の、あの湧きあがる喜びは、そうでなきゃ説明がつかない。だって、どんなケーキかわからないのに嬉しいなんて変だもの。」

 「大笑いは、望んで手に入るものじゃない。大笑いは帰ってこない。大笑いについて考えると、私はしみじみしてしまう。くすっと笑ってしまうような出来事や冗談は、あとから思い出してもくすっと笑えるし、他の誰かに説明すればその人もくすっと笑うかもしれない。でも大笑いはそうはいかない。大笑いは小さな狂気だと思う。」


なんと説明すればいいのかな。
日常に転がっているなんでもない素材を、ぱぱっと捕まえて、とんとんと切り落として、ささっと火を通したり、蒸したり、和えたり、ドレッシングをかけたりして、おいしい小鉢を手早くこしらえてしまうみたいな小気味よさ。その小鉢の味わいの深さ、絶妙さ。
とても上手な文章を読むことは、そのようなちょっとしたおいしいものを食べたときに似た快楽や満足感や幸福感をもたらしてくれる。
江國さんの文章は、その上とても涼やかだ。
テーブルに置いたアイスコーヒーのグラスの中で氷がカランと音を立てるように、頭の中でなにかがカランと音を立てる。
そんなふうに、とても心地よい快感で、うっとおしい暑さの休日を涼しくしてくれたのだった。





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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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