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◇カデナ

カデナ
カデナ/池澤 夏樹


とても素晴らしい小説に出会うと、読んでいる最中に読み終わるのが惜しくなることがある。
そういう小説はあまりたくさんは出会わないけれど、この小説はそういう種類のそれだった。物語のための物語ではなく、背後に作者の揺るぎない世界観があり、それを表現する器としての物語、しかもとても奥行が広く登場人物のひとりひとりがいきいきと描かれた。

舞台は1968年、ベトナム戦争時の沖縄。
フリーダ=ジェインは嘉手納の空軍基地に勤務する秘書官で、アメリカ軍人の父親とフィリピン人のハーフ。ふたつの祖国のことをどちらも遠い存在と思いながら暮らしている。
幼い頃にフィリピンで空襲にあったことがある。
フリーダ=ジェインの母親は、自分を捨ててアメリカに帰った夫を憎んでいる。
パトリック・ビーハン大尉はグァムの基地から嘉手納に移ってきたB-52のパイロット。
ベトナムに爆弾を落とすことを任務としている。自らの任務について「持っていったものを配達して帰ってくる」と醒めた言葉で語る一方でその恐怖からアル中になっている。
嘉手苅朝栄は基地の周辺でアメリカ兵を相手に模型飛行機屋を営んでいる。太平洋戦争前に家族と共にサイパンへ渡ったが、戦争で身内をすべて失った。父と母は、アメリカ軍の空襲が激しくなったサイパンから沖縄へ逃れるために乗った船を沈められ、サイパンで現地のチャモロ人の女性と結婚していた兄は徴兵されて戦争で命を落とし、数少ない親族は沖縄の地上戦で。
タカは戦後生まれの青年で、軍人を相手のクラブで演奏するジラー&サンラーというバンドでドラムを叩いている。
タカの姉はアメリカ軍人とのハーフ。父親は朝鮮戦争で死んだ。
タカの姉が師事する大学教授の知花先生は反戦平和運動家で、軍人の脱走を支援する運動に参加している。
ベトナムを故郷に持つ安南さん。
軍から逃げ出してきたマーク。
マークの恋人のサナエさん。

それぞれにそれぞれの背景を持ちながら交錯する。
物語は、映画のシーンが切り替わるように、それぞれの人物から語られる。
青い海と青い空と、灰色の基地、無色透明な1万フィートの上空、人々のよく焼けた肌、コザにある軍人用の繁華街のネオン、ライヴ演奏、炎上するB-52…見たことがないのにとてもよく知っているような映像が頭の中にたくさん見えた。

戦争の悲惨さを、戦場での光景を描いて伝えようとする小説や映画はたくさんあるけれど、この小説にはそのような生々しい光景は一切描かれない。
描かれているのは、軍の中で戦争と関わる人や、基地がある街に暮らしている人の日常の暮らし。そして、否が応でも日々の暮らしの中に大きな影響を与え、人々の人生を翻弄してしまう存在としての戦争。それから、小さな、しかしとても勇敢なチャレンジにまつわるエピソード。

戦争が身近にあったことがない僕たちは、戦争というものをとても構えて考えてしまいがちで、大上段に振りかぶってはみても結局はありきたりのスローガンのような薄っぺらいことしか言えないのだけれど、この物語は、総論として戦争を語るのではなく、戦争の周辺にいる人ひとりひとりにそれぞれの人生をクローズ・アップすることで、とても大きな物語やメッセージを浮かび上がらせてくれる。
そして、当たり前だけどつい忘れてしまいそうなことを思い起こさせてくれる。
それぞれにそれぞれの、とても愛おしくなるような人生がある、いうことを。



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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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