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バビルサの牙


バビルサ。

インドネシアのスラウェシ島などを中心に熱帯雨林に生息している猪の仲間だ。

このバビルサのオスには奇妙な特徴がある。

大きな牙が4本あるのだけど、下顎から生えたとても大きな2本は、頭部に向かってカーブを描きながら曲がっている。

この弯曲具合は、もはや牙本来の役割である「噛みちぎる」「突き刺す」などの行動は不可能である。

更に小さな2本は上顎から生えていて、口腔内ではなく、皮膚を突き破って角のように上に向かって生えている。

これらの牙がなぜそんな方向を向いているのか、なぜそんなにカールしているのか、本当のことははっきりしていないのだが、おそらくは個体の強さの象徴ということなのだろう。

威嚇してエサ場や縄張りを確保する。

生存能力の高いオスは、多くのメスを寄せ付ける。すなわち、子孫を残す機会が増える。


しかし、この実用性に欠けた長い牙は、ときにバビルサの命すら脅かす。

長く伸びてカールした牙が自分の目や脳天に突き刺さってしまうというのだ。

命すら危険に晒してまでも、オスとしての強さの証にこだわる。

端から見る限りでは、それはとても滑稽だ。

けど、人間はそれを滑稽だと笑えるのだろうか。



20歳の頃、高校の同級生だった男がバイクの事故で重症を負った。

山道のコーナーをいかにスピードを落とさずにくぐり抜けるか、仲間たちと競争した挙げ句、ブレーキが遅れた。

バイクは男を乗せたまま、ガードレールを突き破って谷底へ転がり落ちたのだ。


社会は競争だらけだ。

誰が一番仕事ができるか。

誰が一番上手に仕事をサボれるか。

誰が一番モテるのか。

誰が一番酒が強いか。


牙と牙を付き合わせて序列ができる。

油断したらすぐにマウントをとられる。

負けず嫌いは時に命取りになることもある。

到底抱えきれない量の仕事を引き受け、過労死したサラリーマン。

自分を美しく見せることにすべてを捧げ、借金にまみれて身を落としたOL。

自分を高く見せようとして、自滅していった人たちが掃いて棄てられるほどいる人間社会は、バビルサたちを笑えない。



強くありたいと願うこと、美しくありたいと願うこと。

それは生き物として当然のこと。

けど、強く見せたいと虚勢を張ること、美しく見せたいと飾ることと、実際の強さや美しさには何の関係もない。

でも、それでも強く見せたいと虚勢を張ったり、美しく見せたいと飾る人間を笑うことはできないとも思うのです。

そういう人間の行動の生々しさこそが、生きている意味であるような気もするから。

バビルサの牙は誰の心にもある。

その牙が、脳天を突き破るまで伸び続けるのか、すんでのところでカールして丸まっていくのか、それは自分の意思とは別のところにあるのだと思う。








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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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