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虎、大いに語る


僕が知っている虎の話をしよう。


その虎は、僕を目の前に座らせ、こんなふうに語り始めたんだ。

「人間社会での虎の扱われ方は、実に偏見に満ちている。」

と。

「だいたい君ね、虎がバターになると思うかね?」

「いや、普通はならないですね。」

「普通は、じゃない。断じてならない。」

「そうですね。でも、あれは物語だから。」

「そう、物語だ。物語だからこそやっかいなんだよ。」

「どうしてですか?」

「虎という動物は、あのように欲どおしくて自分が溶けることにも気づかないような愚かな生き物だと、無意識のうちに刷り込まれてしまうからだよ。

そもそもどうしてあれが虎じゃなきゃいけなかった?熊でも猪でもヒトでもいいじゃないか。」

「あれは舞台がアフリカだから、、」

「アフリカに虎はいない。」

「あ、それじゃインドだったのですか?」

「インドにネグロイド系ホモサピエンスは居住しているのかね?君たち日本人は、江戸の武士だという男が弁髪でゲルに住んでいる物語を書かれれば腹立たしくはないかね。」

「ええ、それは。」

「しかし、そのことは私の主張するところではない。私の一番の主張はつまり、こういうことだ。」

オホン、と咳払いをしてから、おもむろに虎はこう言った。

「我々はそもそも紫の靴や赤い上着や青いズボンや緑の傘を欲しがったりはしないのだ。」

虎はそう言って満足げに、その蓄えた髭を前足でなでた。

「あれは虎への言及ではなく、獰猛で強欲な者たちのメタファーだとしても、どうしてそのメタファーに虎を採用するのか。虎のイメージはそんなに獰猛で強欲なのか。」

「・・・。」

「納得の行かない物語は他にもある。肥大した自我に病んだ李徴は、なぜ虎になった?あの物語での虎は、醜い自己承認欲求のメタファーではないのか?そもそも我々は人など襲って食わない。

それから、くまのぬいぐるみの話にしてもそうだ。我々の好物は麦芽エキスではないし、見栄をはって木の上に登った挙げ句に降りられなくなってしまうなんて失態などあり得ない。ロバを川に突き落としたりはしない。ついでに言えば屏風の中で坊主に捕らえられたりもしない。魔法瓶など作らない。」

ゴウゴウ喉を鳴らしながら虎は憤りを顕にする。

「その点、あのタイガースというチームはいいな。あのチームからは、人間が我々に押し付けてくる猛々しさが感じられなくていい。」

「いや、あれこそは、あなたたちの強さに憧れてのことだと。」

「そこがそもそも偏見なのだよ。我々は決して強くはない。肉食獣であるからして、当然狩りはするし小さな生き物は襲う。でもただそれだけのことだ。

ライオンのようにチームになって自分より大きな象を襲うなんてことはしない。せいぜい鼠か兎だ。我々は本当は、木陰で日がなゴロゴロしているのが大好きな種族なのだよ。」

「自分よりも大きく猛々しいものを恐れ、崇めることは否定しない。ただ、人間社会での虎の描かれ方には明らかにある種の嫉妬が混ざっている。強いだけで愚かなものよりも、知恵のあるものが結局は一番強いということを暗に主張せんがために虎を利用しているのではないかな。」

そう言い終わると、虎はまた満足げに前足で髭をなめる。

そして、嬉しそうに、ミルクをぴちゃぴちゃとなめた。

僕は人間界の代表者でもないので、僕にそんなことを主張されても困る、と思いながら、なるほど虎の言い分には一理ある、と思ったのだった。







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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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