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Peace Beyond Passion/Me'shell Ndegeocello


 

ミシェル・ンデゲオチェロ。

ベルリン生まれの黒人女性ベーシスト、シンガーソングライター。

「ンデゲオチェロ」というアーティストネームは、スワヒリ語で「鳥のように自由」という意味を持つそうで、その名のように、R&B、ファンク、ヒップホップ、ロック、ジャズの間を自由に飛びまわるようなオリジナリティ溢れる作品を生み出す個性的なアーティスト。

ベーシストとしては、チャカ・カーンやハービー・ハンコックと共演したり、GURUの“Jazzmatazz”のシリーズにも参加。ジョン・メレンキャンプと一緒にヴァン・モリソンの“Wild Night”をレコーディングしたり、ローリング・ストーンズのアルバム『Bridge To Babylon』でも客演し“Saint Of Me”でベースを弾いている。

 

・・・うーん、違うな。

そういうバイオグラフィー的なことからでは、ミシェル・ンデゲオチェロの魅力は何も伝えられない。

 



サウンドの軸としては、70年代ジャズファンクや80年代アシッドジャズを継承したような、クールで軽めのサウンドだけど、リズムはネオ・ソウル的なリムショットやスネアが強調されていて生音ヒップホップっぽい。

ミシェル自身が弾くベースは、超越したテクニックでリズムをリードするというよりは、重めで歌うようなグルーヴを紡いでいる。

彼女自身のヴォーカルも、ラップというほど言葉の連射ではなく、歌というほどメロディアスではなく、ポエトリーリーディングやスポークンワードに近い感じ。

そこに、ヒップホップ的にカットアップされたサックスやギターが響いたりする。

 

・・・いや、そういう言い方をしても、やはり彼女の音楽の魅力は何も伝わらないな。

 



誰かのスタイルをリスペクトして継承した、という感じは彼女の音楽にはない。

ブラック・ミュージックの伝統的なソウルフルさからも遠い。

かといって、あっちこちの音楽をツギハギして新しいサウンドを構築した、という無理矢理さは彼女の音楽にはない。

しなやかで自由なのだ。

自身の中から湧き出てくるような音と言葉を自由にコラージュしているような感じ。

そして、伝統的なソウルフルさから遠いにも関わらず、彼女のサウンドはソウルフルなのだ。

 

ディアンジェロやエリカ・バドゥの演る、70年代ニューソウルを下敷きにしたネオ・ソウルとは違う、本当の意味でのネオ・ソウル、あるいは本当の意味でのワールド・ミュージック、ユニヴァーサル・ミュージック。

すべてを超えて自由に行き来する音楽、という点では「鳥のように自由」というアーティストネームどおりの音楽だ。

 

・・・これはこれで抽象的に持ち上げすぎた。

 


 

まぁ、そういう、いわゆる、言葉で伝えることが不可能な音楽。

ま、そもそも音楽の魅力なんて言葉じゃ伝わらないものだ。

ただ、彼女の音楽は、言葉で伝えることを拒否するような種類の音楽でもない。

伝えたいのに伝える言葉がない、そういう音楽、雲をつかむような、という言葉が意外とぴったりするかもしれない。

空の上で風にのり、変幻自在に形を変え、ときに雨を降らせる。

あぁ、そういえばジャケットの写真は、まるで雲をつかもうとしているようだ。


 


 


ミシェル・ンデゲオチェロ。


ベルリン生まれの黒人女性ベーシスト、シンガーソングライター。


「ンデゲオチェロ」というアーティストネームは、スワヒリ語で「鳥のように自由」という意味を持つそうで、その名のように、R&B、ファンク、ヒップホップ、ロック、ジャズの間を自由に飛びまわるようなオリジナリティ溢れる作品を生み出す個性的なアーティスト。


ベーシストとしては、チャカ・カーンやハービー・ハンコックと共演したり、GURUの“Jazzmatazz”のシリーズにも参加。ジョン・メレンキャンプと一緒にヴァン・モリソンの“Wild Night”をレコーディングしたり、ローリング・ストーンズのアルバム『Bridge To Babylon』でも客演し“Saint Of Me”でベースを弾いている。


 


・・・うーん、違うな。


そういうバイオグラフィー的なことからでは、ミシェル・ンデゲオチェロの魅力は何も伝えられない。


 


 


 


 


サウンドの軸としては、70年代ジャズファンクや80年代アシッドジャズを継承したような、クールで軽めのサウンドだけど、リズムはネオ・ソウル的なリムショットやスネアが強調されていて生音ヒップホップっぽい。


ミシェル自身が弾くベースは、超越したテクニックでリズムをリードするというよりは、重めで歌うようなグルーヴを紡いでいる。


彼女自身のヴォーカルも、ラップというほど言葉の連射ではなく、歌というほどメロディアスではなく、ポエトリーリーディングやスポークンワードに近い感じ。


そこに、ヒップホップ的にカットアップされたサックスやギターが響いたりする。


 


・・・いや、そういう言い方をしても、やはり彼女の音楽の魅力は何も伝わらないな。


 


 


 


 


誰かのスタイルをリスペクトして継承した、という感じは彼女の音楽にはない。


ブラック・ミュージックの伝統的なソウルフルさからも遠い。


かといって、あっちこちの音楽をツギハギして新しいサウンドを構築した、という無理矢理さは彼女の音楽にはない。


しなやかで自由なのだ。


自身の中から湧き出てくるような音と言葉を自由にコラージュしているような感じ。


そして、伝統的なソウルフルさから遠いにも関わらず、彼女のサウンドはソウルフルなのだ。


 


ディアンジェロやエリカ・バドゥの演る、70年代ニューソウルを下敷きにしたネオ・ソウルとは違う、本当の意味でのネオ・ソウル、あるいは本当の意味でのワールド・ミュージック、ユニヴァーサル・ミュージック。


すべてを超えて自由に行き来する音楽、という点では「鳥のように自由」というアーティストネームどおりの音楽だ。


 


・・・これはこれで抽象的に持ち上げすぎた。


 


 


 


 


まぁ、そういう、いわゆる、言葉で伝えることが不可能な音楽。


ま、そもそも音楽の魅力なんて言葉じゃ伝わらないものだ。


ただ、彼女の音楽は、言葉で伝えることを拒否するような種類の音楽でもない。


伝えたいのに伝える言葉がない、そういう音楽、雲をつかむような、という言葉が意外とぴったりするかもしれない。


空の上で風にのり、変幻自在に形を変え、ときに雨を降らせる。


あぁ、そういえばジャケットの写真は、まるで雲をつかもうとしているようだ。


 

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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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