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Songs In The Key Of Life/Stevie Wonder



70年代、天才的な発想力と表現力で革新的な仕事をすすめたスティーヴィー・ワンダー。
『Talking Book』『Innervisions』『Fullfillingness' First Finale』の3部作はいずれも革新的で見事な完成度のアルバムなんだけど、さらにそれらの世界観を押し広げた黄金期の集大成的なこのアルバムが1976年の『Songs In The Key Of Life』だ。
2枚組LP+EP1枚に21曲が収められた大作で、ファンクとR&Bを中心にしつつも、ジャズ・フュージョン、ラテン、アフロ、ブルース、ロック・・・20世紀に世界中を席巻した黒人音楽の多彩なスタイルに彩られたこのアルバムには、音楽スタイルのみならず、後にスティーヴィー自身は「人生をすべて表現しようと思った」と語っていたように、世界中のありとあらゆるものを表現しようという試みがなされている。



アルバムは、庶民の味方のアナウンサーを名乗る男が、「今こそ愛が愛を必要としています。憎しみが蔓延し手遅れにならないうちに」と呼びかける“Love's In Need Of Love Today” で始まる。穏やかで誠実な演奏の愛のメッセージだけど、そのきっかけには何かとても痛ましい事件や辛い喪失があったことを想起させるようなニュアンスだ。
2曲目は重いベースのフレーズが深刻さを映し出す“Have A Talk With God”は、 「人生が辛すぎると感じたときには神の元へ話に行くといい。」 と歌う信仰の歌。ここにも精神的に追い込まれている人間の姿が描かれている。

この時代、アメリカは建国200年の享楽的な繁栄とは裏腹に、ベトナム戦争の後遺症に蝕まれていた。ヒッピーたちの歌った愛や自由は幻想に終わり、人々は物質的な豊かさだけを追い求め、一方で人々の心は加速度を増して孤立していた。黒人への差別は表向きは解決されたものの貧富の差はより深まるばかりだった。

弦楽四重奏が奏でる“Village Ghetto Land”はそんなゲットーの現実を描いた歌。






“Saturn”はSF的な物語の歌で、歌われているのは土星人から見た地球の姿だ。
「銃と聖書を手に身構えるあなた方のことが私には信じられない。俺たちの望むものを渡さなければお前を殺す、というあなた方が。」と土星人たちが地球人に呼びかける。
どうやらこの土星人たちは、地球に嫌気が指して新天地を目指した人々のようで、侵略され「新世界」と一方的に名付けられた側のアメリカ原住民のメタファーのようでもある。



先鋭化する民族運動は“Black Man”で歌われている。強烈なファンク・ビートに乗せて、アメリカ史上に功績を果たした有色人種の名前を列挙し、「正義は万人の味方とはいえず歴史は繰り返されるけど、この世界は万人のために作られた。もう学んでもいい時期だ。」とストレートなメッセージを高らかに掲げ、“Ngiculela - Es Una Historia/I Am Singing”では、途中、スペイン語やズールー語で歌われるフレーズを挟みながら、「僕は愛を歌う。いつの日か愛が僕らの世界中に行き渡ることを歌う。」と宣言する。

この曲の裏打ちのリズムはカリブ系のグルーヴだし、“Another Star”は南米っぽいサンバのリズムで、アフリカ発祥のリズムを持つ民族の連帯や統合を呼びかけるようにも聞こえるし、これらのチャレンジは90年代の、いわゆるワールドミュージックの隆盛に繋がったはずだ。

都市の暮らしの中で孤立した人々の心を歌ったのは、“Pastime Paradise”。
1枚目の最終曲に当たる“Ordinary Pain”や、少年時代の回想を歌った“I Wish”にも満たされない現状と傷心の悲しみが感じられるし、“All Day Sucker”にも愛を得られずに苦しむ男の姿が描かれている。
一方で“Knocks Me Off My Feet”、 “Summer Soft”、“Joy Inside My Tears”など穏やかなラブ・ソングが、そんな悲しみを癒やすように歌われる。

命の誕生を祝福する“Isn't She Lovely ”、ハービー・ハンコック参加の“As”や、ボビー・ハンフリーやジョージ・ベンソンが参加している“Another Star”といった長尺の大作がアルバムの骨格を作り、一方でドロシー・アシュビーのハープをフューチャーした“If It's Magic”、夕暮れの情景のように懐かしい感じのスティーヴィーのハーモニカが優しく響く“Easy Goin' Evening (My Mama's Call)”、ジム・ホーンがキュートなサックスを吹くオーソドックスなR&Bナンバーの“Ebony Eyes”といった小曲が良いアクセントで配置されている。



個人的にはこの“Ebony Eyes”のかわいらしくも生命力の張りを感じられる感じが一番好き。
ゲットーのハードな暮らしを“Village Ghetto Land”で描きつつ、否定的な側面だけでなくそこに生きている人々の魅力を黒い瞳の少女を通じて描くバランスに、この作品でスティーヴィーが表現したかった世界が垣間見える。



そしてデューク・エリントンやグレン・ミラー、カウント・ベイシーやルイ・アームストロングの名前を羅列しながら、音楽の素晴らしさを表現する“Sir Duke”。
ハッピー&ピースフルでぐいぐい盛り上がる名曲で、ホーンセクションのリフとユニゾンで動くベースなんてたまらなくかっこいい。
「 音楽はそれ自体がひとつの世界で、そこには誰でも理解できる言葉があり、誰もに歌い、踊り、手拍子をとる平等の権利があるんだ。」という言葉の中に、スティーヴィーのメッセージのすべてが集約されているような気がする。

いつ聴いても、ブラック・ミュージックのみならず20世紀を代表する素晴らしい作品だと思う。
時代を切り取ったシリアスなメッセージ、けれどただ嘆くだけではなく愛と音楽の力を信じてポジティヴにいこうとする姿勢、そのことがリズムとメロディーで体と心に直接伝わってくる。





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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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