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歯医者、もしくは身体的苦痛について

親に感謝しないといけないと思うことはたくさんある。
好き嫌いなくなんでも食べられるように育ててくれたこと。
読書好きに育ててくれたこと。
ただ、もうちょっと気を使ってくれたらよかったのに、と思うこともいくつかある。
そのひとつが「歯並び」だ。
前歯と八重歯が大きくてその分すき間の歯が奥まっている。そもそも顎が小さいから上の歯も下の歯も並びがいびつでガタガタしている。
その結果として、虫歯になりやすく、中学生の頃にはすでにいくつも虫歯があった。
昭和50年代にはまだ歯並びの矯正なんて高価で一般的ではなかったのだろうけど、もうちょっと虫歯になりにくい環境を作ってくれたらよかったのに、、、と。これはもちろん結果からの逆ギレでしかないのだけれど。



夕方の、そろそろ終業時間という頃だった。
左の奥歯のほうで“ガリッ”と嫌な音がした。
吐き出してみると、エナメル質の象牙色の3mmくらいの欠片が出てきた。
奥歯が欠けたのだ。
そういえば半年くらい前、奥歯の詰め物が剥がれてしまった、ような気がする。
痛くもなかったのでハッキリ覚えてないんだけど、コロナ禍中になんとなく歯医者に行く気がしなくてスルーしていたのだった。

そもそも歯医者なんて行きたくない。
治療が痛いからではない。
不快なのだ。居心地が悪いのだ。
あの処刑台のような装置の数々、なすすべもなく診療台に縛り付けられ身動きできない屈辱感、口腔というデリケートかつ脆弱な部分を見ず知らずの人間に預ける恐怖(この医者が俺を暗殺する気になれば秒だな、、、と思ってしまう)、そしてキーンと甲高いヘヴィメタルのギターソロのような治療中の不快な音、薬品の苦苦しさ、、、歯医者に関してはすべてが好ましくない。
あのツンと取り澄まして清潔感を装った佇まいや、リラックスしなさいと強制するようなBGM、、、あの取り澄まし方は、何か悪事をしている自意識があってそれを覆い隠そうとしているんじゃないかとさえ勘ぐってしまう。
そしてそれにも増して歯医者が嫌いな理由がある。
それは、怒られるからだ。
「こんなになるまで放ったらかして。」
「あっちもこっちも酷いですね。」
「一生自分の歯で食べることが長寿の秘訣なんですよ。それを、こんなに、、、。」
・・・わかってる。
そんなことはわかってる。
でも、嫌なのだ。怒らないでほしい。怒られると思うから、ますます歯医者には行きたくなくなるのだ。

その夕方の“ガリッ”も、不吉ではあったけど痛みはまるでなかった。
あー、歯医者かぁ、行かなあかんかぁ、とぼんやりは思ったものの、すぐに行こう、予約の電話をしよう、という気持ちにはなかなかなれないでいた。
ところが。
夜になってめちゃくちゃ痛くなった。
歯が、ではない。
欠けた歯の尖った場所に、舌が当たるのだ。
舌の歯に当たる部分がズキズキする。
夕食。ごはんを噛むのは、傷まないほうの右の歯だけで噛むことはできる。
しかし、それを飲み込むときに、どうしても舌が動くのだ。
そしてその度に舌が欠けた歯の尖った部分に当たってビリビリする。ものを飲み込むたびにズキズキする。
そっと触ると舌に血が滲んでいる。
あぁ、舌の役割なんて今まで考えたこともなかったけど、ものを飲み込むためには舌の動きは不可欠だったんだな、人間の体の仕組みってよく出来てるよな、爬虫類や魚類ですら舌ってあるもんな、、、などと妙に冷静なことを考えたりしていた。



その夜はなんとか血まみれになりながら夕食を終え、ビリビリズキズキする痛みを耐えながら就寝した。夜中に何度か痛みで目が覚めたりもした。
何の罰ゲームだよ、と思ったけど、そもそも何の罰ゲームであるかは明らかなのでどうしようもない。
頭の奥でブルース・スプリングスティーンが憂鬱な声で“Price you pay〜”と歌っている。

”夜通し車を走らせても
逃げ出すことはできないのさ
絶え間なくおまえを引っ張るもの
それが支払うべき代償なんだ”

と歌われるシリアスなナンバー。
そう、代償は支払わなければならないのだ。



翌日は土曜日、朝から近くの歯医者に電話するも「本日は予約がいっぱいです」と受付女に無碍もなく断られ、別の歯医者にも同様に拒絶され絶望的な気分になりながら3件めでようやくアポが取れた。
地獄の血の池に垂れた蜘蛛の糸にすがりつくような気持ちと死刑台に登るような気持ちがないまぜになりながら歯医者に向かった。
その歯医者は、怒りも説教もせずに淡々と診療を行ったあと、状況を詳しく報告した上で治療方針を説明した。
地獄にもたまには良い神様もいるということなのか、蜘蛛の糸を手繰って天国に着いたということなのか。

とりあえずその日は、尖った部分を削り、応急処置で詰め物をして、次回の予約をした。次回は少し時間がかかるので1時間枠での予約が必要だと医者は言う。
痛みはほぼなくなった。
歯医者はどうも呆れていたようで、治療後に「よく痛みを我慢されましたね。」と言う。
「神経が死んでますね。もっと痛かった時期があったはずですが、よくこんなになるまで我慢してましたね。」と、穏やかに。
同じようなセリフは、肩凝りでマッサージへ行ったときにも言われたことがある。
足の親指が逆爪になって爪が肉に食い込んだときも内出血するまで放ったらかして平気だったし、胃潰瘍の検査で胃カメラを飲むことも何の苦痛もなかったし、子供の頃から注射とかも痛いと思ったことはない。いや、痛みはもちろんするけど、だからって騒ぐほどのことでもないのにと思っていた。
我慢したつもりはないのだ。
こんなもんだろうと思っていたのだ。
どうやらそれは世間標準ではないようだ。
どうやら僕は、肉体的身体的な痛みには強いらしい。
それも親から授かったひとつの能力ではある。
それを感謝すべきなのかどうかはよくわからないのではあるけれど。






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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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