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ぐるりのこと

主義も思想も価値観も違う相手に、文字通りの水際でどう対処するか。
当事者には当事者のいかんともしがたい歴史と事情がある。それはそれでそれぞれの物語だ。利害がぶつかる。まったく理不尽に思える攻撃が加えられる。
それでも、結局はこちらに相手の、または相手にこちらの、物語の、胸を開いて分かろうとする姿勢のあるなしが交渉の鍵を握る。本当のかけひきはそこから始まる。
相手にも歩み寄ってもらわなければならない。そういうふうに流れを持っていく。自分の土俵に引きずり込む、とは似て非なるやり方で。
まったく共感が持てないように思えた相手側の思考回路にも変容していってもらわなければならない。それは相手側の物語の中で自然に発生していく変化でなければならない。
強者が力づくで、という形はなんとしてでも避けたい。そうでなくては「恨み」が残る。



引用したのは、梨木香歩さんの随筆集「ぐるりのこと」の第一章“向こう側とこちら側、そしてどちらでもない場所”からの一節。


ぐるりのこと / 梨木香歩

この文章が書かれたのは2004年で、尖閣沖に中国の不審船が跋扈しだしたことがテーマのひとつとして挙げられる中での文章だ。
対立する相手といかに交渉を成立させるのか、についての示唆にとんだ文章。
これを読むと、ロシアとウクライナの関係はこの本来双方が粘り強く向き合うべきことがないがしろにされた結果なのだと思う。
もちろんどう考えても国際法を無視して殺戮を遂行するロシアに100%の非があるけれど、そこへ至るプロセスの中でウクライナや国際社会が交渉ごとに於いて大切ななにかを見落としてしまった部分があったのだろう、とも思えてくる。善悪や事の是非のことは別にして、あくまでも向き合い方として。

ケンカになっても構わない、こちらには強い後ろ盾がある、と相手のプライドまで無視した立場をとったとき、窮鼠猫を噛む的な反逆を受けることはある。
僕も何度か経験したことがある。
部下の失敗を追い込んで、それはそれで言い逃れのしようのない失敗だったにせよ、結果として反省を引き出し行動を改めさせるどころかより意固地にさせてしまったこと。
弟の愚痴を聞き流してやらず正論で追い込んで手を出させてしまったこともあった。暴力を振るった弟のことは今も許す気にはなれないが、弟を追い込んだのは自分の方だということは気がついてはいるのだ。
気心が知れていると思いこんでいる相手ほど、距離があると感じている相手になら踏み込まないラインのところまでついつい踏み込んでしまうものなのかも知れない。
ご近所、兄弟、親戚、親子、夫婦。こういう元来親しい間柄のほうがこじれたときにやっかいになってしまうのはそういうことだろう。
そのことを、ロシアーウクライナや、中華ー台湾、朝鮮半島ー日本の関係に例えるのはあまり良い例ではないだろうけれど、ついそんなふうに思ってしまったのです。
そして、身近な人たちはもちろん、生活上で関わらざるを得ないそもそもの思想や利害が異なる相手との関係性に於いてなら尚更、節度と敬意が必要だと。



「ぐるりのこと」は、この2000年代初頭にあった諸々の話題やからプライベートで見聞き感じたことをあちこちと行き来しながら、自分と周囲との距離や立ち位置、どんなふうに世界と向き合うべきなのかということに思いを巡らせたエッセイ集。

自分の立場の一方的主張ではなく、向こう側の目線で、どちらでもない立場の目線で、ぐるりをぐるぐる周りながら本質に近づこうとする思索の実況中継のような文章は、少し理解しづらい部分もあるにせよ、そのわかりにくい部分も含めて誠実な文章だ。
たまに開くと、ハッとするような文章がそこに偶然あったりする。








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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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