「昨日の夜、駅前TSUTAYAさんで 僕はビートルズを借りた、セックスピストルズを借りた」 という歌詞で始まるこの歌、 神聖かまってちゃんの『ロックンロールは鳴り止まないっ』 。 最初聴いた時は、「なんなんだか・・・」と思っただけだった。 けど、これが不思議に耳から離れない。何度も聴きたくなる。 音楽的にはたいしたことはない。ガキの作った、ぐだぐだの叫びに過ぎない。そのなめたバンド名とともに、そもそも拒絶してしまいたくなる人もきっといるだろうし、誰かにお薦めしたいとも思わない。 けど、とても引っかかるのだ。 それは、彼らが歌っている景色が、とても見覚えのある景色だからだろうと思う。 十代前半の頃特有の、痛々しいくらいのなんとも不安定な気分。 言葉にして説明しようとしてもとても説明できそうにないとっちらかったぐちゃぐちゃの気持ちを、小ぎれいにまとめずに、ぐちゃぐちゃのままぶっとんで突っ走ってわめき散らす・・・それは、ロックンロールという音楽がそもそも持っていた、とても本質的な性質なのだと思う。 友だちを殺してまで。/神聖かまってちゃん うちの子はまだ8才だけど、同世代の中には子どもたちが思春期を向かえている友達も多くて、いろいろと大変な話も聞いたりする。
若いっ、ってのはほんとうにやっかいだ。
自分自身もやっかいだっただろうからその大変さはわかる気がする、なんてわかったふりをするつもりはなくて、一人ひとりそれぞれがそれぞれの思いで毎日何とかやりくりしている現実があるだけなのだと知りつつ、「がんばって」なんて応援も何か違う気がするし、ただその大変さに寄り添うことくらいしかできないのだけれど。
のうのうとくだらないことに終始して生きている人への嫌悪感や、どうしようもなく感じてしまう世の中との違和感。自分が何者なのかわからなくなって消えてしまいたくなるような不安、何ひとつ自分の思い通りにならない不満。それは自分が甘えているんだということもきっとわかった上で、だけどどうしても出口が見つからなくてぐだぐだになってしまうようなどうしようもなさ、自虐、時間が経てばきっと多くのことが解決されるんだとおぼろげながらわかってはいてもそれを待つことができない心の奥から突き上げられるような焦燥感。
今だからこそあの頃の自分がどういうことになっていたのかをある程度客観的に見ることはできるけれど、あの頃はほんとうにしんどかったね。
今そういう気分に直面している彼らに、大人ぶったお説教をするつもりもないけれど、僕はロックンロールの激しい音と言葉に身を委ねることでなんとか切り抜けることが出来たのだと思う。クラッシュの、パティ・スミスの、ラモーンズの、スプリングスティーンの、RCの、ARBの、ジミヘンやドアーズやジャニスやツェッペリンの、それからビートルズやセックスピストルズの。
音楽でも絵でもスポーツでも何でもいいんだろうけど、自分自身を解放できる場所、それをしているときは本当に不安も不満もぶっとんじゃうようなもの、誰にでもそういうものが見つかるといいな、と思う。
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新しいアルバムが出るそうですね。
機会があれば聴いてみたいと思っています。