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蝦夷共和国紛争

※この記事はフィクションです







1905年の5月。

日本海海戦に於いて日本軍はバルチック艦隊を見事撃破し世界の驚きと称賛を浴びたものの、国家予算は既に破綻状態であった。

アメリカを仲介にロシアとの停戦を謀るが合意に至らず、ロシアはさらに軍備を増強し、北海道の西側に軍艦を集め、小樽へ侵攻した。

翌1906年2月、日本は降伏し、ウラジオストクで締結された講和条約により北海道はロシアに割譲されることになった。

ロシアは函館に軍港を設置し、政策的なロシア人の植民が行われた結果、1910年にはロシア系住民が渡島地域で人口の2割、胆振地域で1割を占めるほどになったが、1914年に第一次世界大戦が勃発すると、日本を自陣営に組み込みたいロシアは態度を軟化させ、北海道を日本に返還する。

その後1917年にロシア革命が起きてソビエト連邦が成立すると、北海道には革命政権から逃れる人たちが大挙して押し寄せ、函館・室蘭を中心にロシア系住民は増大した。

第二次世界大戦を経て、米ソ東西陣営が対峙するようになると再びロシアは北海道の領有権を主張。

米ソの駆け引きの材料にされながら国連委任統治領を経て、最終的には日本人とロシア人による共同自治が認められた蝦夷自治共和国として日本に帰属することになった。キューバのように敵陣営の軍事施設を置きつつ西側陣営の最前線となったのだ。

日本語とロシア語が公用語とされ、対共産主義で一致した政策により日露折衷様式の建物が建てられたりそれぞれの文化を背景にした祭が行われるなど、互いに不幸な歴史を精算し、東洋のユートピアと呼ばれるほどに民族の融和はスムーズにすすんでいった。

小樽などはまさに日露友好の地として本土からの観光客が増大した。

民族間の結婚もすすみ、ミックスカルチャーの子供たちも増えていった。

そういう私もその一人だ。

父は明治中期に新潟から北海道に開拓使として渡ってきた田中惣次郎の孫の善治郎、母はエレニカといった。北海道の大学へ留学していた母を父が見初めたのだそうだ。



状況の変化のきっかけは私が22才のとき、1989年のソビエト崩壊だった。

蝦夷自治共和国民を束ねていた反共の思想が崩壊するのと並行して、それまで押し隠されていた民族意識が湧き上がってきたのだ。

次第に日系人とロシア系人は反目しあうようになり、街頭では街宣車がヘイトスピーチをまきちらすようになった。

特に2000年以降にKGB上がりの民族主義者がロシアの大統領になってからは、対立が激しくなっていく。

今思えば、過激な民族主義者たちへの経済援助が行われていたのだろう。

毎日のように民族主義者組織による「北海道はロシアのもの」として日本が不当に支配していることを非難する新聞広告が入る。北海道を最初に発見したのは日本人ではなくロシア人探検家ウラジミール・ハバリコフであるとの学説や、先住民族アイヌはDNAをたどるとモンゴロイドではなくコーカソイドにルーツを持つという学説が発表され、日本人がいかに不当にアイヌを迫害し、いかに不当に北海道を自国領としたかが喧伝される。

自治体の首長や職員の日系人比率が人口比よりも高いことがロシア系差別であるとされ、ロシア系企業経営者の子供が日系人による交通事故で死亡したことが日系人による組織的犯行であるとデマが飛び、日系人側でも少女誘拐事件がロシア系過激派によるものと応酬され、日増しに双方は険悪になっていった。

ロシア系従業員を一方的に解雇する企業が現れ、意識の高い親たちは子供を日露共存の共学校ではなくそれぞれの民族系の学校へと通わせるようになる。

私の息子も母方の親族の強い勧めで日系民族校へ通ったが、クォーターでロシア人の血が混ざっているため、そのことでずいぶん虐めを受け、教師からも不当な扱いを受けた。



ある日のこと、札幌市郊外で大きな爆発があり、立て続けに室蘭の鉄工所、函館のロシア軍港でも爆破事件が発生した。

ロシア政府は、これを日系人過激派によるテロと断定し、ロシア系住民を保護するとの名目の元に軍の監視部隊を派遣してくる。

アメリカと国連は日本政府の頭ごしに非常事態であると宣言してPKO部隊を派遣し、自衛隊の出動を要請した。

監視部隊だ、PKOだ、自衛隊だと名称は違えど、実質は軍隊だ。

この先、どんなことが起きるのかの想像はだいたいつく。

新聞やテレビで見てきた、世界各国の紛争と同じようなことがここでも起こるのだろう。

国家という名目の元に、正義という旗印の元に、ほんとうは仲良くできるはずの人たちが殺し合いをする。

むごたらしい死は尊い犠牲という美名にすり替えられ、国を守るとか民族の誇りだとか、誰も正面切っては否定することのできない大義名分の元に破壊と殺戮が行われる。



私には何が正義なのかもうわからなくなってしまった。

ほんとうはロシア人たちの主張することが正しいのかもしれない。私たちは、この土地を力ずくで奪い取って知らん顔をしてきただけなのかもしれない。

そう嘯くと、息子は弱腰だと嘲笑う。祖国のために戦わないような人を父親とは認めないという。彼の頭の中はもはや洗脳されてしまっているのだ。

クォーターである彼は、日本人であることを証明するためには、より国粋主義者として振る舞わなければならないと考えているようだ。義勇兵に志願したいという彼を、私にはもはや止める術がない。



私は生まれ育ったこの土地を愛しているし、生まれた土地ではない場所でひっそりと眠る母の墓を置き去りにすることは忍びないと思いつつ、海外へ渡ることを画策した。カナダか、オーストラリアか、そういう比較的寛容な国へ。

しかし、妻は息子や老いた両親を置いて出国などできないという。

そうこうしているうちに、空港が空爆で襲われ、戒厳令が出されてしまった。



爆撃が遠くで炸裂する音がして、地鳴りがする。

機関銃の連続する射撃音が、崩れたビルの向こうから響きわたる。

夕方の空に反射するオレンジ色の光は、昔見た花火大会のように美しいとさえ思えてしまうけれど、あの光の下でまた多くの人生が寸断されるのだ。

国家だとか、民族だとか、それはそんなに重要なことなのか。

私はただ平穏に暮らしたいだけなのだ。

それは、こういう複雑な歴史を持った島に生まれた人間が願ってはいけないことだったのだろうか。

私にはもう、何もわからなくなってしまった。























北海道には何のゆかりもない自分が、下手くそな小説もどきで適当なことを書いてしまったことをお詫び申し上げます。


僕が書こうとしたことは、今ウクライナで起きていることは、私たちの国でも起きる可能性がなかったわけではない、ということです。











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コメント

[C3456]

日本は日本で用心
ウクライナについては終わるまで正確な情報など出てきません
落ち着いて構えるほかありません
ウクライナのオルガリヒをあぶりだしたいなんて話も出ていますが果たしてそれが事実かどうか
今確証を持てるようでは情報が筒抜けで間抜けもいいところです

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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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