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King Oliver ロックのゆりかご(3)

ジョー・“キング”・オリヴァー(Joe "King" Oliver、1885年12月19日~1938年4月10日)は、ルイジアナ州アベン出身、ジャズのコルネット奏者でバンドリーダー。

トロンボーン奏者であるキッド・オリーと共に率いたバンドは1910年代のニューオーリンズでもっともホットで最高のバンドだと考えられており、人種の垣根や貧富の差を越えてニューオーリンズで大変な人気を博した。

ルイ・アームストロングはキング・オリヴァーに師事する中で様々な演奏を学んだと言われ、「もしジョー・オリヴァーがいなかったら、今日のジャズはなかっただろう」と語っている。



何をもってジャズという音楽の始まりとするかは諸説あるにせよ、発祥の地はニューオーリンズであるとされている。

1800年代後半〜1900年代初頭のことだ。




ジャズの発祥については、奴隷制度と大きな関わりがある。

1776年にイギリスから独立した当初、アメリカは農業輸出で成り立っている国で、その輸出は奴隷による集約型労働が支えていた。
15世紀半ばからほぼ3世紀に渡って行われた奴隷貿易では、1000万人以上のアフリカ人がアメリカの各地へ連行されたと言われている。
イギリスで起きた産業革命による綿紡績の機械化が、労働力の増強により拍車をかけた。
南部のプランテーションで奴隷を働かせて摘んだ綿花をイギリスへ輸出、イギリスはこれを綿に加工してアフリカなどへ輸出するという三角貿易が構築され、この儲けによってイギリスは世界に覇権を拡大させることができたのだ。

やがて19世紀に入ると、貧困から解放されつつあったヨーロッパで人道的機運が高まっていき、その流れから奴隷貿易は順次廃止されていくのだが、アメリカの奴隷制度については維持され続けていた。
完全に経済のシステムに組み込まれている以上、人道的な理由だけですぐにシステムは変わらないものなのだ。
奴隷たちが解放されたのは19世紀後半。
その要因はアメリカ国内の北部と南部の対立によるものだった。

1812年の米英戦争以降急速に工業化がすすんだ北部では、国内産業保護のための保護貿易が求められていた。一方で南部は、奴隷労働による原料輸出を中心とした自由貿易を求めており、北部との差がどんどん拡大した末に南部諸州で合衆国からの離脱が始まり、南北戦争に発展していく。
この南北戦争真っ只中の1863年にアブラハム・リンカーンにより「奴隷解放宣言」が公布された。
今思えば、人道的意味合いよりも南部へ打撃を与える戦略の方が濃い意味合いを持っていたのかもしれないとはいえ、南北戦争は北軍の勝利となり、奴隷制度はようやく廃止に至ることになったのだ。

しかし、奴隷制度の廃止、奴隷身分から解放は、必ずしも黒人たちの人権を保証するものではなかった。
奴隷としての身分ではなくなるということは、最低限の衣食住が保証されている白人の家を出て自らの身を自分で守っていかなくてはならないということであり、人種差別が社会の仕組みに組み込まれて公然と行われる社会で自ら職を見つけて稼がなければならないという過酷な選択であったわけで、解放が即、自由の謳歌に繋がったわけではなかったのだ。
結果的に多くの元奴隷たちは小作農として大農園でこき使われ、搾取され続けるという構図は変わることはなかった。
より過酷になった現実と少しの自由の中で、音楽を癒やしにする人たちや音楽を生業にする人たちが生まれる。
ジャズもブルースも、こういう19世紀後半〜20世紀前半の黒人たちが置かれていた環境が背景にあって生みだされた音楽だったということだ。



元々アフリカから連れてこられた黒人たちには、豊かな音楽文化があった。
今も西アフリカに残るグリオという口承による部族の物語や偉人伝を歌う文化。
また、通信の手段としてモールス信号のようにドラムを叩いて遠くにいる同胞へ連絡とることも発達していた。
アメリカ人農園主たちは、奴隷たちがドラム叩いて通信することを恐れ、奴隷たちのドラムを禁止した。
ところが、元々フランスの植民地だったルイジアナ州では、ドラムは禁止されなかったのだそうだ。
ニューオリンズでは、葬送の際に派手なリズム死者を送るような文化が遺されており、これがニューオリンズでリズムの際立った音楽が成立する原点となる。

奴隷解放後に自分で職を探さなけれならなかった黒人たちの中に、演奏家になるものが生まれ始めたのは、ニューオリンズではいわゆる売春宿が公的に認められていおかげで夜の歓楽街が発達していたこと要因だと言われている。
楽器は幸い、南北戦争でたくさん使われた軍楽隊の払い下げが安く手に入ったのだ。

奴隷解放による職業の自由化、ニューオリンズならではのアフリカ文化残存と歓楽街の文化、そして安く手に入った楽器。
ニューオリンズにジャズが生まれた背景には、このような歴史的経緯と偶然の一致があったということなのです。



ジャズを創始したのは、ニューオリンズのバディ・ボールデンというコルネット奏者だと言われているが、残念ながらその音源は残されていない。

バディ・ボールデンに師事したのがキング・オリヴァーで、キング・オリヴァーに師事したのがルイ・アームストロング。




1923年録音、“Buddy' Habits”。
キング・オリヴァー楽団の音楽は、現代の耳では古めかしいブラスバンドに聴こえるけれど、リズムが渾然一体となってぶつかってくるような演奏は当時聴衆の度肝を抜くものだっただろう。
ガツンと全員で一斉にぶちかましたあと、鳥が羽ばたくように飛翔するソロがあって、リズムがまた一体となって、またソロにカウンターメロディーが乗っかって。
この一瞬の浮遊感、ふわりと浮かび上がって異次元移動する感覚は確かにジャズだ。

黒人霊歌や教会音楽的なもの、西洋音楽的な構成力。
泥臭さややるせなさとインテリジェンスの融和。
根本にある、聴衆の前でライヴで演奏されることを前提とした即興性とエネルギー。

パッと聴くととても遠いかもしれないけれど、こういう音楽が根っこにあってロックンロールが生まれたのだということがとても納得できる。

いろんな奇跡が重なって生まれたジャズは、その後飛躍的にいろんな進化をしていくことになる。









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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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