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音の食卓〈千枚漬〉


Welcome Back / 矢野顕子



「Welcome Back」は、数ある矢野顕子さんのアルバムの中でも大好きな作品。
パット・メセニーやチャーリー・ヘイデン、ピーター・アースキンらと共演したクオリティーの高い演奏は、どこかとても空の高いところで演奏されているような澄みきっていてキラキラした輝きがある。
ずっと流れていてほしいほど心地よくて、気がついたら時空を超えて違う空間に連れて行かれたような気分になるのだ。
丁々発止ではないクールなセッション。お互いがお互いの一番美味しいところを引き出すような関係がとても素敵。

ほっこりと和む演奏やジャズっぽいセッションがいくつか繰り返されたあとに、ぽろっとピアノとチャーリー・ヘイデンのベースのデュオで演奏される、スティーブン・フォスターの“Hardtimes come again no more”がとても美しくて。
この演奏はいつ聴いても泣けてきてしまう。



シンプルな編成で歌い演奏するというのは、ごまかしが効かない。
素材そのものの旨さと調理方法の確かさが求められるのだ。
食材というものは、ある程度くったくたに火を通して濃い味付けをしてしまえば、どんなものでもある程度は食べられるようになるけれど、それは素材の旨さからはとても遠いところにあるもの。
本当においしいものにはやはり,、素材そのものの旨さと、それを適切に加工する技術が求められる。
これは音楽もまったく同じで、技量がいくら素晴らしくても演者そのものの人間的魅力が伝わらなければ感動には至らない。
一方で、人間的魅力さえ伝わればいいかといえば、残念ながらそれだけのものは聴くに耐えないものでしかなかったりする。
気持ちと技術、これは両輪なのだとつくづく思うのです。

そういう意味でも矢野顕子さんの音楽たちは、とても旨い。
楚楚としてシンプル、かつ滋味。
つるんとした舌ざわりで、口に含めばやわらかく、じんわりと旨みがしみてくる。
繊細さと大胆さを併せ持ったなんとも奥の深い味わい。
曲に込められた感情が、矢野顕子さんという人を通してより豊かに引きだされていく。
足し過ぎず、引き過ぎず、ちょうどいい頃合いにカットしたり水や塩にさらされたりした歌たちのちょうどよさがとても心地よい。

さて、そんなこの音楽に合うお料理ってなんだろう?

まずもってお肉系ではない。
サラダじゃ奥行きが物足りないし、そもそも洋風ではない。
もっと和を感じるもの。
漬物だと塩がきつすぎる。
あ、そうか、塩がきつくない漬物か。
例えば、蕪の千枚漬けとか。

俗に京の三大漬物と呼ばれる千枚漬は、蕪を薄く切って昆布、唐辛子とともに酢漬けにしたもので、肌理の細かい肌質でなめらかな食感、意外にも歯ごたえのある厚み、噛みしめればジューシーで甘く、ほんのりと蕪そのものの旨みがたまらない。
漬物のわりに日持ちは短く、冬の間しか食べることができない冬の風物詩だ。

素材の旨みを最大限に引き出すカット方法。
さらす水や漬ける塩の配分やタイミング、樽の大きさや石の重さまでこだわって作り上げていく技術。
もちろんそこにある、おいしいものを作りたいという情熱や、ブランドとして下手なものは出せないというプライドまで含めて、よりよいものを作るための知恵と思いが込められている。

足し過ぎず、引き過ぎず、時代の流行に流されず、実直に、誠実に。
長く愛されるものは結局そういうものなのだろうな。






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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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