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音の食卓〈昆布の佃煮〉

ほっかほかの白ごはんの上に佃煮。
大したおかずがなくても、佃煮さえあればごはんが山盛り食べられる。

今でこそおいしいものがたくさんあって佃煮なんて必需品ではないけれど、冷蔵庫が普及するまでは佃煮はとても大切な保存食だったのだ。

そもそもは、漁師の自家用食で、悪天候時の食料や出漁時の船内食とするために、小魚や貝類を塩や醤油で煮詰めて保存食としていたもの。
傷みが早い雑魚がたくさん獲れると佃煮を大量に作り保存していたのだ。
やがて、保存性の高さと価格の安さから江戸時代に庶民に普及し、さらには参勤交代の武士が江戸の名物・土産物として各地に持ち帰ったため全国に広まったのだそう。今でもお中元やお歳暮に高級佃煮があるのはその名残。

佃煮の普及の背景には、戦国時代以降に力をつけた商人の台頭とそれを支える街道と回船ルートの整備や、醤油製造や干拓による塩田整備の技術革新、琉球が薩摩の支配下になったことによる砂糖の普及など、原料、製造、流通のあらゆる面での商業化社会の出現がある。
いくらおいしくても日持ちがしても、原料確保や製造技術の革新、流通網の整備などインフラストラクチャーが揃わないことには大量生産して全国的に普及することなどできないのだ。



80年代中頃から、ブラック・コンテンポラリー、いわゆるブラコンと呼ばれる音楽が一気に普及した。
のっぺりしたヴォーカルと機械的なリズム、なんだかとても軽薄でお洒落を気取った感じは好みではなかったけど、高校時代はヘヴィメタだった奴が上京した途端にイタリアンスーツに身を包んでブラコンで女の子を口説こうとしている、みたいなことが当たり前にあった。
あのブラコンのブレイクも、ある意味インフラストラクチャーと環境が揃ったからこその現象だったと今になってそう思うわけです。

ブラコンのブレイクの条件のひとつは、コンピューターによるバックトラックの機械化。腕利きのバンドマンを集めなくても、リズムマシンでジャストなリズムが作り出せるようになった。
もうひとつは、黒人社会の中流化による意識の変化。
ブルースやソウルを有り難がるのは白人や外国人ばかりで、当の黒人たちは公平な社会がすすみ収入が上がるに連れて二極化がすすみ、中流以上の層では田舎臭いブルースやソウルよりももっとファッショナブルでポップな音楽へと嗜好が変わっていったのだ。
そして何よりも、レコードが買える可処分所得が増えたということ。
この条件がはまって、ブラコンは一気にブレイクした。

それこそ佃煮が作れるくらいにうじゃうじゃといろんなシンガーがデビューした。
フレディ・ジャクソン、カシーフ、アレクサンダー・オニール、ルーサー・ヴァンドロス、ピーボ・ブライソン、一世を風靡したボビー・ブラウン、古くはテディ・ペンダーグラスやライオネル・リッチー。

そんな百花繚乱のブラコン・シンガーたちの中で、この人は一味違っていいな、と思ったのがジェームズ・イングラムさんでした。


The Power of Great Music / James Ingram

佃煮の製法っていうのは、素材をくったくたに煮て水分を飛ばし、代わりに砂糖や塩を入れ込んじゃうわけだから、素材そのものの旨みというのは飛んでしまっていることが多いんですよね。
小女子の佃煮もいなごの佃煮もそんなに味は変わらない。
でも、おいしい昆布の佃煮にはちゃんと昆布の旨みが残っていて。
ジェームズ・イングラムさんの歌もそういう感じで、のっぺりしたリズムやキャッチーなメロディーの中にも素材の旨みがしっかり残っている。そんな気がします。
大ヒット“Just Once”は言うに及ばず、“There's No Easy Way”や“One Hundred Ways”といったベタなバラードでの安定感や、パティ・オースチンとの“How.Do You Keep The Music Playing”やリンダ・ロンシュタットとの“Somewhere Out There”など、実にいい旨み。



奇をてらわないベタでスムーズな安心感は、佃煮の安定した味わいとも通じるものがある。















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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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