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音の食卓〈肉じゃが〉

ほこほこに炊きあげられたじゃがいも。
箸を入れるとほろっと崩れる。
しっかりと染み込んだ甘辛い醤油味の向こうに、牛肉の旨みがじわじわと口の中に広がっていく。
くたくたになった玉ねぎがそこに加わってまた違う種類の甘みが重なる。
人参は見た目は少し固く感じられるけど歯茎ですっと潰れるやわらかさで、そのじゃがいもと異なる食感がなんとも心地よい。
そこにまた糸こんにゃくのぷりぷりした弾力が絶妙なアクセントを連れてくる。
昔は糸こんにゃくなんてどうして入れるんだろうと訝っていたけれど、なるほどこの食感のアクセントがあるとないでは大違いだ。

子供の頃は、肉じゃがなんておいしいと思ったことがなかった。
「肉」「じゃが」と名前は比率1:1のくせに、実際の肉とじゃがの割合なんて1:9くらいで、こんなのただのじゃがいも煮じゃないかと思っていた。炭水化物はご飯のおかずにはならんよ、と。もっと肉入れんかい、と。

あぁ、僕が浅はかでした。

敢えて主役をじゃがいもに譲って味全体の司令塔に収まる牛肉のかっこよさや、人参玉ねぎ糸こんにゃくのそれぞれの献身的かつしたたかな働きぶりについて、僕はあまりにも無自覚でした。

肉じゃがとじゃがいも煮はまるで違う。
異なる甘み、異なる旨み、異なる食感の波状攻撃、具材それぞれがそれぞれにそれぞれの役割に徹していて、でもみんなバラバラではなく、目指すべきテイストはみんな同じで。
このバランスの妙が、安心感のある味を生み出すのだな。
しかもそれでいて高飛車ではなく庶民的なところがいい。手頃にある材料で誰でも作れる敷居の低さ。



安心感があって、絶妙のバランスが心地よい、庶民的な音楽。
例えばロバート・クレイさんのブルースなんてどうだろう。


Strong Persuader / Robert Cray

彼の音楽はコンテンポラリーでとても聴きやすくて、なんでもないナチュラルな気分のときなんかには、聴き流しているのがすごく心地よい。
ブルースではあるんだけど、ソウルやR&Bの影響やロックからの影響も色濃くて、一般的なイメージのブルースからするととても軽やかで明るい。

メインのじゃがいもがいわゆる音楽の形式としてのブルースで、人参や糸こんがソウルやロックからのエッセンス。そのすべてに、いわゆる精神的な意味でのブルースがたっぷりと染み込んでいるんですよね。



ロバート・クレイって、もうキャリア35年の大ベテランなんですね。
アルバムも20枚以上コンスタントにリリースしてる。
どれを聴いてもおんなじって言えばおんなじなんだけど(笑)、その金太郎飴的安心感がいいのだ。
ブルースにも肉じゃがにも、味の進化や奇抜さなんて求めないもの。
いつも変わらない安心感。
その辺りもやっぱり肉じゃがっぽい。










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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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