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Sixty years went by so fast

「なぁ、アレクシスさん、俺な、自分のバンド作ろう思うてんねん。
ちょっと前に出させてもろうたライヴを覗きに来てた若造らがおったやろ。
ミックとキースって言うんやけどな、こないだちょっとジャムったんやけど、割りとええセンスしとんねん。
なんていうかなぁ、お坊ちゃんの割には、なんかこう、つかみにかかってくるようなセンスがあるっていうか。
うん、まぁ、いわゆるブルース・フィーリングっていうんかな。
あんた以外には感じたことない、黒人音楽のツボみたいなもんをあいつら、持っとるわ。
だいたい、ロンドン中に腐るほどあるバンドの連中はどうもどいつもこいつもお行儀よくこじんまりしてるか、ジャズ志向でお高くとまってるかやねん。
せやけど、あいつらとやったら、今俺の頭の中にある音が出せるような気がすんねん。
なんていうかなぁ、ブルースのハートをロックンロールでパワーアップさせたみたいな音楽ってゆーか。
例えばな、マディーの“I just want to make love to you”なんかをな、めっちゃ高速で演るねん。かっこええで。
バンド名だけはもう決めてんねん。
ザ・ローリング・ストーンズ。
そや、マディーの曲からな。
おっと、これは俺のアイデアやからな、パクッたらしばくぞ。」

イーリング・クラブでのギグがはねたあと、ブライアンは酔っぱらいながら俺に自分自身のバンドの構想を話してくれた。
ブライアンはプレイは凄いんだが、どこか人に対して距離があってなかなか他の楽器奏者とつるまないのだが、なぜか俺には気を許してくれていたのだ。
そんなブライアンが何かを感じたのなら、ミックやキースという連中はそれなりに何かを持っているんだろう。

それから3ヶ月も経たないうちに、奴らはステージでプレイしていた。
ヴォーカルがミック、ギターはキースに任せ、ブライアンはハープを吹き、数曲でスライド・ギターを披露した。ピアノにはイアン・スチュワート、ベースはディック・テイラー、ドラムはトニー・チャップマンという男だった。

「アレクシスさん、俺らのバンド、どう思う?」

「あぁ、まだまだ雜だけど、悪くはないよ。前にお前がゆーてた、ブルースのハートをロックンロールでパワフルにする、それがどういうものなのかということは、少しはイメージできた。ただな。」

「ただ、何やねん。」

「リズムが甘い。」

「そやろな。それは俺もそう思う。
トニーは勢いはあるんだが、肝心なところでもたったり走ったりしよるんや。
それにディックはどうもプレイが軽くて上滑りする。
実はな、ディックの後任はもう目をつけてんねん。ビル・ワイマンっていう男。こいつは重心がしっかりしててなかなか芯のあるベースを弾くんや。
そうなるとより一層ドラムがな。
誰かええ奴知らんかな。
タメがきいて粘りのあるリズムが叩ける奴。」

「そうやな、俺やったらあいつと演るな。お前も一緒に演ったことがあったはずやで、チャーリー・ワッツ。」

「チャーリーか。どうもあいつは気取ってていけ好かんな。」

「でも、明らかにトニーの何十倍も叩けるぜ。あいつのリズムの確かさや、独特のタメは、お前らが演ろうとしている音にはずっぱまりだと思うな。」

「来週、ビルを交えてセッションをするんや。そこへ呼んでくれへんか、そのいけ好かんチャーリーとやらを。」

「残念ながらチャーリーは今仕事の都合でデンマークにいる。もし戻ることがあったら声掛けてやるよ。」





ブライアン・ジョーンズという金髪の男が率いるバンドのセッションに呼び出されたのは、確か1962年の年末だった。
デンマークでの仕事からようやく解放されてアレクシスの店を覗きに行ったら、「お前に求人が出てるぜ」って言われてな。

ブライアンは寡黙な音楽探求者という印象だった。
ミックはところどころ音は外すが、派手なアクションも含めて勢いと色気があった。
キースはふてぶてしい態度とは裏腹に音楽に対してはとても謙虚で、ブライアンの指摘に対してひとつひとつ受け止めてはチャレンジしようとする姿勢には好感を持った。
イアンと、先日加入したばかりだというビルは、プロフェッショナルな腕を持った堅実なプレイヤーで、奴らが演ろうとするロックンロール的な音楽は正直好みではなかったが、こういうメンツでならば音楽で食っていくことは十分出来るんじゃないかという印象を持った。
何しろロンドンでジャズを叩いても食えない。結婚して子供が生まれたばかりの私には、食える仕事が必要だったのだ。

ひととおりブルースとロックンロールをジャムったあと、ブライアンが口を開いた。

「チャーリーさん、さすがだ。大したもんだ。」

「アレクシスのおっさんが推すだけのことはあるな。」とキース。

「トニーのドラムじゃダンスがつんのめってしまいそうになるからな。あんたの加入に異論はないぜ。」とミック。

「そういう君たちの態度は正直気に障るし、ブルースにもロックンロールにも興味はないが。」

私は少しカチンと来ながらそう言葉を返した。

「ただ、君たちの音楽には、何かとても大きなものを感じる。それはちょっと魅力的だ。
ロックンロールが嫌いな男がドラムを叩く世界最高のロックバンド、というのも悪くはないんじゃないか。」

「ほんなら決まりやな。」

「どれだけやれるかはわからない。とりあえず何ヵ月か、やってみようと思う。」

そう言って私たちは握手を交わした。



まさか、あれから60年近くも一緒にプレイすることになるとは、誰も想像できなかっただろう。
そのことが良かったのかどうかは正直よく分からない。
嫌なものもたくさん見たが、私は叩ければ気分が良かったし、金もたんまり儲けた。
ま、悪くはなかったんじゃないか。




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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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