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もの食う人びと

「ゴミ箱」というのは不思議なシステムだと思う。
例えば、食事中に食べ物を床に落としてしまったとする。
ほんの一瞬であれば、それを拾って再び口にする、ということは、よほど潔癖な人ではない限り、許される範囲だろう。いわゆる3秒ルール。
一方で、一度ゴミ箱に入ってしまった食べ物を再び口にすることは、潔癖を自認しない人ですらまずないだろう。
お皿に乗ったまま、一度も食卓や床に触れていないとしても、一度ゴミ箱に入ったものを食べることはあり得ない。
冷静に考えれば、例え一瞬でも床に落ちたものの方が不衛生で、お皿に乗ったままゴミ箱に行ったもののほうが不衛生ではないはずなのに。


もの食う人びと / 辺見庸

ノンフィクション・ライターであり小説家の辺見庸氏の「もの食う人びと」は、そういう禁忌を簡単に飛び越えてしまうような衝撃的な現実が描かれている。

バングラデシュでは「残飯」のマーケットがある、という話。
結婚式などで出たご馳走の残り物を、業者が下取りし、マーケットで売るのだ。
鮮度によって価格が変わる。
三日前ものは酸味が漂いすえた匂いがする。それをごまかすためにマーケットには線香が焚かれているのだそうだ。

チェルノブイリの事故が起きた村では、老人たちが村に戻り、放射能で汚染されているかもしれないキノコや果物や山菜を食べる。
政府の指示で避難したものの、新しい土地に馴染めず、物価高でお金も続かないと、原発から30キロ圏内のふるさとに戻ってきた彼らは、汚染されていることは知識としては理解しつつも、それらを食べる。
それしか食べるものがないという切羽詰まったこと以上に、「昔からやってきたとおりに暮らしたい」思いが勝るのだ。
そして「ウォッカや赤ワインは放射能を洗う」と酒を食らう。

飢餓と内戦に苦しむソマリアでは結核と栄養失調で死を待つだけの枯れ枝のような少女に出会う。
ミンダナオ島では旧日本軍の敗残兵に家族を食われたという村人の話。
ウラジオストクに駐留するロシア太平洋艦隊では、上官による食糧の横流しが横行した結果、新兵が餓死したという話。
バンコクでは、時給よりもはるかに高い日本輸出用の猫缶を作っている工場で働く女の子にインタビューしたあと、苦々しい思いをかみしめる。
そういう現実があることを、著者は自分の目で見、舌と胃袋で感じ、ルポルタージュする。

目を覆いたくなるようなえげつない現実をつきつけてくる記事が山盛りなのだけど、だからといって、この本は、世界の貧困状況嘆いたり、飽食の先進国に対して告発を行うような類いのものではない。
フィリピン南部ブスアンガ島のジュゴン食の話。
ポーランドの炭鉱で労働者とともに地下で採掘を行ったあとに食べたボグラッチというスープの話。
紛争下のクロアチアでイワシ漁に出る話。
驚嘆し、ときには共感し寄り添い、ときには突き放しながら、世界各地で、ぎりぎりの食をともに味わう中で描かれているのは、人間のしたたかさであり、食べることへの執着、つまりは生きることへの執着だった。
人間は生き物である以上食わなければ死んでしまう。
生きるか死ぬかの状況で人は食うためにならときには本能をむき出しにして、理性を捨てても食らう、そういうものだということを暴き出す。
そこには眉をひそめたり揶揄するようなニュアンスはない。
むしろ、人間も普通に動物なんだということを肯定的に捉えた、ある種の人間讃歌なんだと思った。

考えてみれば、野生の生き物には禁忌などない。
都会の身近な野生であるカラスなど、ゴミ箱荒らし放題だ。
彼らは生きるために食うし、食うために生きている。
彼らと人間はどこがどう違うのか。
いつか、カラスと同じようにゴミ箱をあさっても生き延びなければならない日が訪れないとは限らない。

そういう覚悟を持って生きることができるだろうか。
でも実際のところ、そんなサヴァイヴァルな暮らしは地球上のあちこちにあって、この国でも実はいとも簡単に起こり得ること。
それが現実になったとき。
その覚悟はあるか。
そう問いかけられた気がした。





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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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