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スランプ

「そもそもあんたって優しすぎるのよ。そうでなきゃただの馬鹿ね。」
開口一番、カオルさんはそんな言葉を投げつけてきた。
「馬鹿はあんまりじゃない?俺なりには一生懸命やってるんだけど。」
試合が終わったばかりの疲れた体に藪から棒に投げつけられた厳しい言葉に僕はついムキになった。
「あたしね、自分で“一生懸命やってる”っていう人はあんまり好きじゃないのよ。
そんなの誰だって“自分なり”には一生懸命やってるわよ。サボってます、手抜いてます、なんて誰も言わないわ。
一生懸命やってるなんて、呼吸してます、心臓動いてます、くらいあったり前のことじゃない。
一生懸命なんて言葉、自分で勝手に自分の上限を引いて言い訳してるだけだと思う。」
やれやれ。
こういうときのカオルさんは手がつけられない。
「だいたいね、いやらしさが足りないのね。野球のことはよくわからないけど、それでも何が悪いかくらいはわかるわ。
相手の出方も読まないうちからホイホイ初球から手を出して、打ち損じや真っ正面。そりゃあ相手のピッチャーは助かるよね。自動アウトだもん。
ひょっとして何か勘違いしてんじゃない?
自分を天才打者だとでも思ってるの?
能力もないし知恵も足りない上に何の努力もしてないくせに。
そもそも欲どおしいのよね。
欲どおしいから、ど真ん中の球にバットが上滑りするの。打てばヒーローだ、なんて思いがバットを上ずらせるの。
もっと自分を客観的に評価してみたら?
天才じゃないものには天才じゃないものなりの戦い方があるでしょ。
もっと相手のことを考えることね。
相手が今、どんな心境か。自信満々なのなら、粘って粘って疲れさせて、その自信を崩すのよ。
相手が不安定なら、そこに付け入るのよ。一番やれらたくないことをやらなくっちゃ。」
「そりゃそうなんだけどさぁ。」
「けど、何よ。」
「そんなの楽しくないじゃん。」
「あんたの言うのは、“楽しさ”じゃなくて、ただ“楽したい”ってことよね。
それは、楽して勝てるほどの能力を持っている人が言えるセリフ。能力の足りない者は、別のやり方でカバーするしかないの。」
「レギュラーで試合に出てる俺に、能力がないっていうのかよ。」
「その無駄なプライド、どうにかしたほうがいいんじゃない?」
「はいはい、わかりましたよ。とりあえず次の試合を黙ってみとけ、って。」

翌日。
イラついていた僕は、何が何でも結果を出してやろう、と意気込んで球場に入った。
結果は、4打数3三振。
狙いを定めてフルスイングしたバットはことごとく宙を泳いだ。
スライダーを待って直球、直球に狙いを絞ってスライダー。0-2のカウントで一球外してくるだろうと読んでズバッと直球を決められる。
バットに当たった一打席はキャッチャーへのファウルフライ。
その上守備でもやらかした。
1アウト1、2塁の場面で浅い凡フライトに追いつけず、頭から突っ込んで後ろへ逸らした。
前の打席の配球の読みを失敗したことを思い返していて、最初の一歩が遅れた。
しかも、後逸を挽回しようと間に合いもしない三塁へ投げてとんでもない暴投をやらかし、一塁走者の生還まで許してしまった。
試合後に監督に呼ばれ、「疲れているのなら明日はベンチで休め。」と告げられた。

「泥沼ね。」
と、カオルさん。
「うるさい、ほっといてくれ。」
「ひとつだけ教えてあげる。
底のない底なし沼なんて本当はないんだって。底なし沼が底なしになる条件はひとつだけ。それは、自滅よ。もがけばもがくほど出られなくなるの。」

二日間、ベンチからゲームを観ながら、その言葉について考え続けていた。
力めば力むほど、余分な力が入る。
その余分な力があるべき形をさらに狂わせる。
その原因はそもそも、自分の能力なら簡単に打てる、という過信なのだろうか。
だって、自分に自信を持てなきゃどうしようもないだろう?
けど、ぞれが今の結果だ。
力を抜いてみて初めて見えるものがあるのだろうか。
腹が立つけど受け入れるしかないのか。
そうなんだろうな。
結局は何にも見ていなかったんだ。
目をつぶってただバットを振り回していただけだったんだ。
力を抜いて。
もがけばもがくほど溺れてしまうのだとすれば。

8回、2アウトで8番打者。
3対6の負け試合。
「出たら、行くぞ。」
とコーチが声をかけてくる。
カーン、レフト前。
出番だ。
「9番タナカに代わりまして代打ヤナギモト。代打ヤナギモト。背番号52。」
とにかく見よう。
そして粘ろう。
打てなくても出塁できれば御の字だ。
相手ピッチャーが投げる場所がなくなるまで、食らいついて粘ってやろう。
3-2からの6球目、インローのカーブ、なんとかバットに当てた。
7球目は外角へ逃げる球。
8球目、9球目、10球目。
じっくり見て、際どいところでカットしてファウルにした。
相手ピッチャーは右手に握ったボールの縫い目をじりじりさせている。
11球目、スッポ抜けたような直球が高めに来た。
無心でバットを叩きつける。
打球はピッチャーの股間を抜けてセンター前へ。
しかし。
盗塁を警戒してセカンドベース寄りに守っていたショートストップが横っ飛びでキャッチ。
一塁走者はまんまとセカンドベース手前でタッチされ、スリーアウト、チェンジ。
あぁー。
数千人の観客のどよめきがため息に変わる。

ベンチに戻ったら監督に無表情のまま
「前にとんだじゃないか。」
と声をかけられた。

試合後、カオルさんからLineが来ていた。
「今日はとてもよかったわ。やればできるじゃない。」

とりあえず、あっかんべーのスタンプを押しておいた。
誉めるのはヒットを打ってからにしてくれ。

もがけばもがくほど溺れていく。
自滅。
力を抜けば、自然に浮かび上がってくる。
目の前のことにだけ集中すればいい。
「強くもなく弱くもなくそのまま行け」って誰かが歌ってた。







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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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