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牛乳ハラスメント

「○○君が全部飲み終わるまで、授業は始めませんよ。」

その女教師は、そう言って僕の前に仁王立ちになった。

「ほら、もう少し。がんばって。」

「う、ぐ、ぐ、、臭いが、、」

「△△くん、○○くんの鼻をつまんであげて。」

「はーい。」

「ほら、もう少しよ。あと一息。」

・・・ぐ、ぐ、ぐ

なんとか全部飲み切った。

「ほら、飲めたじゃない。
がんばればできるのよ。」

そう女教師が言い終わる前に、僕は無理矢理胃の中へ押し込んだ牛乳を、すべてぶちまけた。

げぇ、げぇ、げぇ

キャー、汚ったなーい

教室は阿鼻叫喚の地獄絵図。




二時間目が終わったあとの牛乳給食の時間が大っ嫌いだった。

牛乳が大の苦手で、いつも飲めずに残していた。
女教師はそのことが、教育的に問題だと思ったらしい。

「○○君、好き嫌いはいけません。」

「牛乳は栄養があるのよ。」

「牛乳を飲めないから、○○君は体が小さいままなのよ。たくさん牛乳を飲んで大きくならなくっちゃ。」

「みんな飲んでいるのに、あなただけ飲まないなんていうワガママは許しません。」


今ならはっきりと言える。

あれは、明らかなハラスメントだ。

クラスメイトの前での強制的指導。
身体的特徴を関連づけること。
ワガママとの決めつけ。


そもそもあの当時の牛乳の不味さといったら。

洗っていない靴下のような瓶の臭いと、水増しして旨みなんてどこにもない、牛乳という名前をした、牛乳みたいな何か。

あれを飲めるほうがどうかしてる。
あれを飲めなかった自分の感性は間違いではなかった。
だって、今の普通においしい牛乳はゴクゴク飲めるのだから。





45年ぶりに思い出して、めちゃくちゃ腹が立ってきたのだけど、残念ながら現代の常識で過去を裁くことはできない。

ケープタウン大学やオックスフォード大学でセシル・ローズの銅像を「人種差別主義者」だったとして撤去するとか、アメリカ南部州で南北戦争の英雄リー将軍の銅像を撤去するとか。或いは韓国が軍艦島の世界文化遺産指定に対して「植民地主義の強制労働の象徴」として指定の取り消しを求めているとか。
憎むべき過去への恩讐。
その発想や行動にある気持ちはよくわかる。
今の痛みの原因は過去にある。
その過去をまるごと否定したい。
あの女教師をパワーハラスメントで訴えることができるのならそうしてみたい気もする。あなたのせいで人格が歪みました、その後の人生に大きな影を落としました、と。
でも、そうすることがいかに不毛か。
被害にあったと騒いでいる後ろから、オレもオマエのハラスメントにあったんだと訴えられないとも限らないわけで。
その当時は良い悪いは別にして、それが普通だったんだ。

今できることは、それらの過ちを理解して、今後は許されない、同じようなことはこれからはしない、させない、ということしかないのではないかと思う。

ちょっとスッキリはしないけど、スッキリするものが正しいわけではない。

正しいからといって正義を振りかざせばいいというものではない。

むしろ大切なのは、痛みの共有のようなものではないか、と思うのだけど。







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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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