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座右の名曲(7) 君が僕を知ってる

RCサクセション
君が僕を知ってる




今までしてきた悪いことだけで
僕が明日、有名になっても
どうってことないぜ
まるで気にしない
君が僕を知ってる


愛されたい。
それは、よりよい子孫を残していくためにある水準以上の生き物に生まれながらに備えつけられた標準装備だ。
しかも人間は集団生活をする生き物だから、できればたくさんの人たちからたくさん愛されたいと願い、そういう行動をとることがデフォルトになっている。

でも、すべての人たちから無条件に愛される、なんてことは所詮不可能なのだ。
誰からも愛されようとして相手好みに自分をこねくりまわしていたらいつの間にか自分が誰なのかわからなくなっちゃった、という愚はわりとよくある話。
だから、自分が思う自分らしさのままで愛してほしいとなると、たくさんの人から愛されることはあきらめたほうがいい。

RCサクセションの音楽に出会ったのは、クラスの人間関係や親や教師との軋轢なんかが悩みの中心になる中学生の頃だった。多感な頃、いわゆる思春期。
「おまえのためだ」と言いながら頭ごなしにいろんなことを押し付けてくる大人たちや、テレビとマンガのことしか話さないガキくさいクラスメイトへの苛立ちの中で、RCサクセションの音楽はとてもビンビン来たのだった。

清志郎が歌っていたのは、ありがちな恋愛話や人生への教訓めいた歌ではなく、自分はこう思う、こう感じた、ってことだった。世の中のジョーシキとは全然違う場所で、自分にとって大事だと思ったことだけを正直に歌にしていた。
そんなふうに歌う人はそれまで誰もいなかったから、みんなそこに惹かれたのだと思う。

清志郎はラブソングであったとしても、「永遠にそばにいるよ」とか「誰よりも愛してる」なんて歌わない。
その代わり、「君が僕を知ってる」「何から何まで君がわかっていてくれる」って歌う。
たくさんの人から愛されるために自分を世間の枠にはめてねじ曲げなくったって、誰かわかってくれる人がいればそれでいい。たくさんの人から愛されるよりも、誰かに深く理解され誰かを深く理解できたほうがいい。

何から何まで君が
わかっていてくれる
僕のことすべて
わかっていてくれる


そういうことが何事にも代えがたいシアワセなんだと気づいたのは、もっと大人になってからだったけど、何もかもを欲しがらない、欲求の質を見極めて身の丈にあった居心地のよさを探せばいいんだ、って気持ちはこの歌を聴いた頃からすでに自分の中にあったようだ。

世の中がどうとか世間ではどうとか、そんなことよりも、自分の身の周りがなるべくハッピーであればいい。
そのためにも身近な人たちにはなるべくハッピーでいてほしい。
身近な人を傷つけたり苦しめたりすることには立ち上がって戦わなくてはと思うし、身近な人が喜ぶことなら多少のことならすすんでしてあげたいと思うし、身近な人同士が傷つけあったりしているのはとても悲しい。

たくさんの人から愛されなくてもいい。
わかってくれそうな、同じ匂いがする人から少しだけ愛されればそれでいい。
君が僕を知ってる。
僕が君を知ってる。
それだけでじゅうぶんにシアワセ。
それ以上に何を望む?


EPLP/RCサクセション





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golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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