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明るい旅情

【対蹠地】
対蹠地(たいせきち)は、地球あるいは他の天体上で、ある場所とは180°逆に位置する場所である。
地球においては俗にいう「地球の裏側」である。
対蹠点とも言う。
数学では3次元のいわゆる球以外の、抽象的な球面に対しても対蹠点という表現を使う。
(Wikipediaより)

後輩の女の子が、一週間の休暇を利用してパタゴニアへ一人旅に行って来たと聞いた。
「パタゴニアって!?また遠いとこまで。」
「片道23時間でしたかねぇ。」
「ロサンゼルスからブエノスアイレス?」
「いや、ダラスってとこで乗り換えてチリのサンチアゴでもう一回。」
「よー一週間で帰って来れたなぁ。地球の裏側やん。」
「はい。」
「で、パタゴニアって何があるの?」
「・・・自然。。。」
まぁ、ちょっと変わった子ではあるんだけど。



緯度と経度が正反対の場所のことを「対蹠地」と呼ぶということを、僕は池澤夏樹さんのこの本で知った。

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明るい旅情 / 池澤夏樹

対蹠地。対蹠点。
東京の地理的な対蹠点はウルグアイの東、ラプラタ河口の沖合いになる。
池澤さんは、自然地理的な意味ではなく人文地理的な意味での対蹠点として、スーダンのジュバへ向かう船での経験のことを「ジュバへ行く船」という文章で書いている。

気候、人口、文化、あらゆる点で日本と正反対の場所としての土地と景色。
まだ作家になる前の若い頃、ナイル川の源流をたどる旅を企てたのだそうだ。
エジプトのポートサイードからスーダンのハルトゥームまでは列車で行けたものの、そこから先の交通手段は飛行機を除けばナイルを遡行する船しかない。船といっても大型客船などではなく、最短でも11日を所要するという。
このあたりの上流になるとナイルは広大な湿地帯の中で季節ごとに流れを変える細い流れになっていて、船から見える景色はひたすらパピルスがそよぐ湿原のみなんだそうだ。画面の2/5のところに線を引っ張って下にパピルス、上に空、それだけの風景の中を10日以上船で揺られる。
「人間の世界」ではなく「人間と世界」という構図で物事を観る上で揺るがない定点として存在している風景。
池澤さんにとってこの旅は後々に大きな意味を持ったようで、いろいろ考えることを一度はあの景色の中に置いてみて、あそこでも通用するものなのかどうかを考えてみるのだそうだ。
そうすることで見えてくるものというのは確かにあるのだと思う。

対蹠点。
どうしてそんな遠いところまで?というパタゴニアへの彼女の旅も、きっと対蹠点を探しに行ったのだと思う。
僕も若い頃にそういう旅をしたことがある。
大学を卒業して最初に入った会社を二年半で辞めて無職になった僕は、その年アメリカ横断の旅に出た。それはそれで貴重な体験だったのだけど、一方で日本と同じように毎日過不足なく暮らせてしまうことに少し不満も残ったのだ。
もっと強烈にカルチャーショックを受けるような場所へ身を置いてみたい、そういう思いがふつふつと湧いて、翌年にエジプトやイスラエルの旅に出かけていったのだった。
あの土地での人間の生き方は濃くて強かった。
コンビニへ行って商品を差し出せば無言で買い物ができる国と、買い物のたびに価格交渉をしなければいけない国の違い。
雑然としたバザール、埃っぽい街路、モスクから大音響で流れるアザーンの朗唱。
360°の地平線と満天の星。
暑苦しくて理屈っぽくもフレンドリーで、生きることにとことんしたたかな人々。
そういう経験は確かにその後の生き方の選択にそれなりの影響があったと思う。



今思えば、旅だけじゃなくって、無職だった時期そのものが対蹠点探しの時期だったのかもしれない。
自分と違う価値観の人たちの中でどうふるまうべきか、どう渡りあうか。
最初の会社の退職金が尽きてからは、いろんなバイトをした。職種を選んでる余裕なんてなかったから、昼夜交代制の自動車工場のラインでの期間工や、工場現場の日雇い人足や、もうちょっとヤバいやつとか、そんな仕事をたくさんした。
それも今思えば、自分が普通に育ってきたものとは違う世界を経験しておきたかったということだったのかも、と思う。
そのときそんなふうに考えていたわけではないけれど、他の人たちと同じようにやっていても世の中の強靭なシステムには太刀打ちできそうにない、システムの外側からの視点を知っておかないとシステムにまきこまれてしまう、と無意識に感じていたのだろう。
あるいは自分という人間が社会のどのあたりの座標にいるのかを身を持って行った再確認。
一度底辺までおちてしまえば、意外と怖いものなんてなくなったりするものなのだ。

対蹠点を知っておくことは、今の自分のいる場所だけが絶対ではないことを知るためには有効だと思う。
自分を対象化して客観的に観る視点を養うという意味でも、有意義なことだった。
なんて、今になってつくづくそう思うのです。



エジプト、イスラエル、トルコでの体験談はこちらをどうぞ。

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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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