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二〇世紀の歴史

アメリカやイギリスのロックを聴いていると、必然的に近現代のアメリカやヨーロッパの歴史に触れることになる。
例えばザ・バンドは南北戦争のことを歌っていたし、クラッシュは英国内戦やスペイン戦争のことを、U2はアイルランドの解放を歌っていた。
ボブ・ディランやジョン・レノンやボブ・マーリーは言わずもがなで、ポール・ウェラーにしろエルヴィス・コステロにしろ、歌の後ろに政治的としか言えない主張があって、もちろん最初はただただ「かっこいいなー」って聴いていただけなんだけど、彼らが歌っている歌の中身を知れば知るほどに「それはいったいどういうことが背景にあるんだろ?」って興味が湧いて、調べていくうちに、ヨーロッパを中心として動いてきた近現代の世界史にぶちあたることになるのだ。

学校では近現代史はほとんど習わない。習っても時系列でさらっと主要事件が列記れられるだけで、「なぜそうなった」「それがその後どう影響した」かには触れられない。
例えば第一次世界大戦は1914年にサラエヴォでオーストリア皇太子の暗殺から始まったとは習うけど、なぜオーストリア?なぜそれが世界中の戦争に発展したの?といった疑問はよくわからないままだったのです。
学校で習った世界史の授業がとても退屈だったのは、それぞれの事件やら戦争やら条約やらの名称と年号の羅列ばっかりで、そのことの関連性がまるで見えなかったからなんだよな。

で、今さらながらに興味が湧いて、図書館に行く度に歴史関係の本を一冊は借りてくるのだけど、中でもこの本はダントツにわかりやすく、おもしろかった。

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二〇世紀の歴史 / 木畑洋一

「二〇世紀の歴史」と大きなタイトルを掲げているけれど、実際取り扱われているテーマは、帝国主義世界の形成から解体に至る過程で、1870年代帝国主義国の世界支配の勃興から1990年のナミビアの独立、91年のアパルトヘイトの終焉までの流れを「長い二十世紀」として論じている。

例えば第一次世界大戦とは何だったのか、という僕の疑問に対して、著者は“帝国主義国による世界中の植民地の取り合い合戦だった”と言う。

産業革命以降、世界をリードしたイギリスは、原料調達独占と製品の販路拡大を求めてインドをはじめアフリカとアジアで植民地を拡大した。一方的な武力行使ではないにしろ、金とモノの力で地元の権力者を巻き込み、片手に武器をかざし抵抗者は武力で排除しながら。
イギリスだけにおいしい思いはさせないとフランスやオランダ、ポルトガルがあとに続いた。
アメリカやロシアはイギリスやフランスとは正面から対峙せず、自国の近隣、アメリカなら中米と太平洋地域で、ロシアは東欧と中央アジアで、自国の取り分を確保した。
国民国家としてまとまることが遅かったドイツやイタリアはこれらの動きに出遅れてしまい、結託したイギリス・フランスから閉め出されてしまったため、対抗する形でより強硬的な手段で植民地獲得に割り込もうとした、ということ。
オーストリアでの皇太子暗殺事件は、いわばそういう状況下で「いいがかり」をつけるための導火線だったということ。
大爆発を起こすためのガスはすでに充満していたから、大きな紛争に発展したのだ。
日本の立ち位置もドイツ、イタリアに近い出遅れ組。中国の弱体化にのっかってアジア・太平洋地域でアメリカやロシアと同じようなことをしようとしたわけだ。
で、ロシアを牽制したいイギリスの思惑による日英同盟にのっかって参戦したということ。
帝国主義国の覇権争いと生き残り競争がこの戦争の本質だった。

二十世紀の前半はこうして、西欧の大国が世界を分割し、支配と非支配の関係を暴力で作りあげていった時代だった。
その価値観の下では、罪のない命がたくさん暴力によって奪われた。
第二次世界大戦に於けるナチスドイツによるユダヤ人虐殺や、アメリカによる広島・長崎への原爆投下はその最たるものだけど、それよりももっとたくさんの人々の命が、アジアやアフリカで奪わてたことも改めて知ったのです。
例えば、1884年に南西アフリカ(現在のナミビア)を占領したドイツは、先住民であるヘレロ人やナマ人を居留地に押し留めようと画策し、反抗が始まると大虐殺を行った。ヘレロ人の8割、ナマ人の5割が命を落としたそうだ。多くのアフリカ諸国が1960年代に独立したのにナミビアの独立が1990年まで遅れたのはこういう背景も潜んでいるのだそうだ。
現在のブルンジ・ルワンダ・タンザニアにあたるドイツ領東アフリカでも10~20万人の人々が虐殺された。ブルンジとルワンダでその後ツチ族とフツ族の紛争が続いたのもこの時の支配側へのスタンスによる部分が大きい。
イタリアは、エチオピアとの戦争で毒ガスの使用を進めた。35年から39年にかけて投下された毒剤の量は500トン。さらに、エチオピア人による反乱を抑えるために、反乱によるイタリア人犠牲者一人に対して10人のエチオピア人を処刑することを命じている。
シエラレオネのバイ・ブレー戦争、スーダンのマフディー運動、ナタールのバンバタ反乱、ジンバブウェの第一次チムレンガ、第一次世界大戦時の英領ニアサランドのチレンブエの殉教、第二次世界大戦後ケニアのマウマウ闘争、、、数多くの原住民の反乱は軍事的に鎮圧され、おびただしい数の死者を出した。
日本も、中国、台湾、朝鮮で、満州や南洋諸島で、人を人とも思わぬ所業を繰り返してきた。

そういう時代だったと言えばそれまで、現代の価値観で過去を裁くことはそんなに意味のあることではないのだろう。
僕だってきっと、その時代に生きていれば、好むと好まざるとに関わらずそういう虐殺に加担せざるを得なかったはずだから。
ただ、そういう時代を経ての現代の平和であることは知っておくべきだったと思う。
想像してみればいい。
突然やってきた軍隊が、家を燃やし子どもたちを奪っていく姿を。
日本語を奪われて別の言葉を強要される屈辱を。
戦後も東日本と西日本に分断されていがみ合っている日本の姿や、隣人同士が戦時中に政府に協力的だったか非協力的だったかで争いあっている姿を。
そういうことがこの国に起きていてもおかしくはなかったのだから。



大戦、世界恐慌でブロック経済化が進む中、勝ち組と負け組がより鮮明になっていく。
追い詰められたドイツとイタリアはより過激化して極端な行動に出たため、イギリス・フランス・ソ連と衝突。これが第二次大戦になっていく。
東南アジアや中国でイギリス・フランスと、太平洋地域でアメリカと、利害関係がぶつかった日本も、調子こいとったらいてまうぞワレ、、、って感じで叩きのめされたのだな、結局のところ。
その第二次世界大戦でヨーロッパは疲弊し、イギリス・フランスに代わって勝者となったアメリカとソ連による頂上決戦が、戦後続く冷戦の時代。
前の時代の植民地経営の失敗から、イギリス・フランスは植民地を手放し、アメリカとソ連は、形式上は民族自立で独立国を承認するポーズを取りながら、経済を牛耳り傀儡国家を作っては自らの勢力を固めていった。

大雑把だけど、そうやって「流れ」で理解していくと、この国で起きたことや、この国とアメリカの関わりがどういうものであるかも、なんとなく見えて来る気がしませんか。
ソ連が崩壊し、かつての帝国主義的価値観は表だってはアウトとなった今でも、世界はまだまだ、帝国主義の時代の枠組みの延長上にあるわけで、そういう認識で日本の振る舞い方を見ておいたほうがいいのだろう。

今の世の中で起きていることを知る上で、歴史を学ぶということは大切なことだと思う。
一方的で恣意的に歪められた歴史教育ではなく、事実を知りたい。
歴史は観る立場で見方がずいぶん変わるものだし、この本が偏っていないとは言わないけれど、声の大きな人たちが大声で叫んでいる歴史観を鵜呑みにすると、ひどい場所へ無責任に連れていかれてしまうのではないか、という気がする。
自虐史観でもなく皇国史観でもなく、こっち側から見た景色と向こう側から見た景色を客観的に知っていくこと、真実はたぶんその真ん中らへんにあるということ。
未来を見誤らないようにするためにも、もっと知りたいと思う。





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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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