FC2ブログ

Entries

Grapefruit Moon

今夜のお月さまは月齢14、満月の一日手前。
日本には古くから「十三夜」といって、満月を愛でる以上に満月の一日前、満ちる直前の月を愛でる風習があるそうで。
満ちてしまえば欠けていくのみ、満ちる少し前こそ素晴らしい、ということなのかもしれないけれど、不完全なものを愛でる心が昔から日本にはあったのだと思う。

月が満ちたり欠けたりするのは、地球の公転と太陽との関係による現象。
地球の影が月の欠けた部分になる。
太陽の光が月をどう照らすかによって月の満ち欠けという現象が生まれる。

満月一日前の月を見上げていると、不思議なことに、光っている部分よりも欠けている部分に目を奪われてしまう。
欠けた部分も含めて、月の丸さがよりはっきり見える気がする。
なんとなく不思議ですよね。
見えていないものの存在によって、その全容が逆に明らかになる。
照らされていない部分、影の存在によって全体像がはっきり見える。

時々、人間の心の形も球形をしていると感じることがあります。
円形の地球儀ならば、方角も面積もすべて正確に表せるけど、平面の地図にしようとするとどこかにいびつな場所が出る。
地図に落とせば一度にすべてを俯瞰することはできるけれど、地球儀の形のままだと一度にすべてを見ることはできない。
どっちもどっちの一長一短で、いずれにしても一度に心のすべての形を表現することは不可能だ。

歌や絵や写真や文章は、そんなやっかいな心の形を表現するためのひとつの方法だけど、そういう表現というのは、表現者側がどこかからか意図的に光をあてた一部分になってしまわざるをえない。
見せたいと思った場所に光をあてて可視化するわけですよね。
でも、不思議なことに。
書かれなかったこと、敢えて光を当てなかったことが、逆説的に浮かび上がって、そのことで全体像が見えることが時にあったりする。
照らされなかった部分が、逆に月の丸さを補完するように。


完全無欠にまんまるな人間なんていない。
いつも満月の側だけを見せようとしている人だって、裏側には照らされない闇の部分をきっと持っている。
僕は、満ち欠けするくらいの人のほうが好きだな。
欠けている部分によってこそ、その魅力が明らかになるってこともあるんだから。


秋のお月さまといえば、いつも思い出すのはこの歌。
トム・ウェイツの“Grapefruit Moon”。



いつも満月じゃなくっていい。
ゆっくりと満ち欠けを繰り返していけばいい。
それがいい。




スポンサーサイト



この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://goldenblue67.blog106.fc2.com/tb.php/1524-3031ca8f

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

Profile

golden blue

Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

Calendar

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

Gallery

Monthly Archives