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アンドレス・エスコバル

「アンドレス・エスコバルっていう男のことを覚えてるか?」
「エスコバル?うーん、あー、ベイスターズのセットアッパー。」
「それ、エスコバーな。」
「すまん。軽くボケてみた。」
「エスコバルっていうのは、コロンビアのサッカー代表チームのディフェンダーだった男なんだけど。」
「覚えてへんな。」
「94年のワールドカップ・アメリカ大会、コロンビアは優勝候補の一角と目されていながら、1次リーグ第1試合・ルーマニア戦を落とし、絶対に負けられなくなった次のアメリカ戦でオウンゴールを献上してしまった選手。彼のオウンゴールが決勝点になり、コロンビアは決勝トーナメントに進めなかった。」
「あ、ひょっとして、帰国後に射殺されたっていう・・・。」
「そう。コロンビアに帰国後、酒場でマフィアに殺された。12発もの弾を受けて、血まみれで。」
「・・・恐ろしいとこだな、コロンビア。」
「同い年だったんだよね。」
「・・・」
「27才だった。ワールドカップ後には、ACミランへの移籍が決まっていたんだそうだ。」
「・・・」
「どんな気持ちだったのかな、って時々思うんだよ。エスコバル。」


1次リーグ終了後、多くの選手は危険なコロンビアに帰らず、ラスベガスでのバカンスを選択したが、エスコバルは「代表選手として国民に説明する義務がある」と、敗戦の責任を受け止め、母国へ戻った。そして、事件は起こったのだ。


殺したいほどの憎悪、という感情が人間の中に芽生えうることは承知している。
相手を抹殺しなければ自分の立場が危うい、という状況が起こりうることも承知している。思い込み、妄想、或いは誰かの腹積もりによる誘導も含めて。
けれど、そのことと、実際に行動を起こすことにはとてつもないレベルの差がある。

テレビを見れば、どこかで必ず起きている暴力や争いのニュース。
金銭目当ての殺人事件。
憎悪の末の殺人事件。
いじめ。
家庭内の密室で起こるドメスティック・バイオレンスや虐待。
言葉の暴力を伴う差別やハラスメントの数々。
非難の集中砲火の末の社会的抹殺。
被害妄想の果ての無差別殺人。
ある土地を巡るキナ臭い争い。
デモ隊を力で制圧する警察。
権力を争う政敵の抹殺。
ある信条を狂信した果てのテロ。
そして、戦争。

相手を、力で屈服させようという意味においては、いずれも根っこは同じだ。

力ずくで相手を自分の思い通りにしたい、という欲求は、生き物としてDNAに埋め込まれた根元的なものではあるのかもしれない。
でも。
争う以外に方法はないものか、と思う。

自分の利益を守るためならば、暴力は許されるのか。

話してわからない相手なら、戦うしかないだろ、と誰かが言う。
愛するものが蹂躙されているならば、それを武力で制圧することは正しいことだと、誰かが言う。
自分の命すら危ういのに、同胞以外のわけのわからない奴らが苦しもうが、そんなの知ったことではない、と。
そう言われれば、そうなんだろうし、本当にそういう状況に追い込まれたときにそうせざるを得ないことはあるのかもしれないけれど。

武力で争うことしかできないのであれば、人間が人間である価値はどこへ行くんだろう。

もっと、恨みっこなしの解決方法はないのか。
ゆるやかなグラデーションの中で、ゆるやかにお互いの主張を認め合う方法はないのか。

答えは出ない。

ただひとつ言えることは、誰からも武力や暴力で制圧されたくはないし、誰も武力や暴力で屈服させたくはない、ということ。


「人間が人間であることを信じて行動したエスコバルは殺されてしまった。」
「じゃあ、逃げたほうがよかったの?」
「殺されてしまったら元も子もないよな。」
「でも、悪事を働いたわけじゃない。逃げる道理はないだろ?」
「正義を貫いて命を失うことと、うやむやにしたり辛抱したりしながら生き延びること。どっちが正しいんだろ。」
「うーん、どっちも正しいんじゃないか。っていうか、正しい、誤りというモノサシで測るべきものではないな。」
「っていうと?」
「どちらを選ぶのが、自分にとってしっくりくるか、だ。」



Shame / 佐野元春






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Author:golden blue
“日々の糧と回心の契機”のタイトルは、好きな作家の一人である池澤夏樹氏が、自身と本との関わりを語った著書『海図と航海日誌』の一節より。
“日々の糧”とは、なければ飢えてしまう精神の食糧とでもいうべきもの。“回心”とは、善なる方向へ心を向ける、とでもいうような意味。
自分にとって“日々の糧”であり“回心の契機”となった音楽を中心に、日々の雑多な気持ちを綴っていきたいと思います。

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